マヌ

インド神話におけるマヌ：大洪水と人類の起源

マヌ(Manu)は、インド神話において中心的な役割を担う人物です。彼は大洪水から生き延び、人類の祖となったと伝えられており、その物語は様々な聖典で異なった形で語られています。マヌに関する記述は、ヴェーダ文献やプラーナ文献、そしてマハーバーラタなど、複数の聖典に散見され、それぞれの記述を比較検討することで、マヌ像の多様性と複雑さを理解することができます。

マヌの起源と系譜

『リグ・ヴェーダ』では、マヌは最初の祭祀者と称されるヴィヴァスヴァットの子として登場します。しかし、プラーナ文献では、マヌの父は太陽神ヴィヴァスヴァット、母はサンジュニャーであるとされ、「ヴァイヴァスヴァタ・マヌ」と呼ばれます。さらに『ヴィシュヌ・プラーナ』では、父の記述が太陽神スーリヤに変更され、母は創造神ヴィシュヴァカルマンの娘サンジュニャーとされています。兄弟姉妹として、双子のヤマとヤミー、アシュヴィン双神、レーヴァンタなどが挙げられており、マヌの系譜は聖典によって異なる解釈がなされていることが分かります。また、ヴァイヴァスヴァタ・マヌはアーディティヤ神群の一員、あるいはアヨーディヤの初代国王とされるなど、様々な側面を持つ人物として描かれています。

マヌと大洪水

マヌと大洪水の物語は、インド神話において重要なテーマです。ブラーフマナ文献である『シャタパタ・ブラーフマナ』では、マヌが小さな魚を飼い、その魚からの助言に従って大洪水を生き延びる物語が描かれています。魚は最終的にマヌをヒマラヤ山脈の高地まで導き、マヌはそこで唯一の生存者として地上に残されました。その後、マヌは苦行を行い、水に供物を捧げる祭祀を続けることで、新たな人類の誕生を促します。水の中から現れた女性と結ばれ、人類は再び繁栄を迎えるという物語です。

『マハーバーラタ』でも同様の物語が語られますが、魚はブラフマー神の化身として描かれ、マヌに再び生命を地上に満ち溢れさせるよう命じます。プラーナ文献、特に『バーガヴァタ・プラーナ』では、この魚はヴィシュヌ神のアヴァターラ（化身）であるマツヤとされ、マヌはサティヤヴラタという王仙に与えられた称号だとされています。ここでは、大洪水はカルパ（ブラフマー神の1日）の終わりに起こる宇宙的な出来事として位置づけられ、サティヤヴラタはヴィシュヌ神の導きによって、次のカルパを生き延びるヴァイヴァスヴァタ・マヌとなるのです。

14人のマヌ

プラーナ文献によると、マヌは14人存在するとされています。それぞれのマヌはカルパの終わりと始まりを象徴し、人類の祖としてそれぞれの時代を担いました。ヴァイヴァスヴァタ・マヌはその7番目であり、ヴィシュヌ神によって救済されたマヌとされています。彼を祖とするイクシュヴァーク王家など、多くの王家が誕生したと伝えられています。最初のマヌであるスヴァヤムブヴァ・マヌはブラフマー神の息子とされ、『マヌ法典』は彼の教義をまとめたものだと考えられています。

まとめ

マヌは、インド神話における大洪水と人類の起源を象徴する重要な存在です。彼の物語は、様々な聖典に異なった形で伝えられており、その多様な解釈を通して、インド神話の深遠さと複雑さを垣間見ることができます。マヌの物語は、単なる神話ではなく、宇宙の創造と再生、そして人類の歴史に対するインド人の深い洞察を反映していると言えるでしょう。 それぞれの聖典における記述の違いを比較することで、マヌ像の多様性と、インド神話における創造と再生というテーマの深遠さを理解することができるでしょう。それぞれの記述には、それぞれの時代の思想や世界観が反映されていると考えることもできます。

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