マネー・アンド・シガレッツ

エリック・クラプトンが1983年に発表した8作目のスタジオ・アルバム、『マネー・アンド・シガレッツ』は、彼の音楽キャリアにおいて一つの節目となった作品です。長年活動を共にしたバックバンドを大幅に入れ替え、新たな音楽的方向性を模索するクラプトンの姿がうかがえます。アルバムタイトル自体も、当時の彼のライフスタイルや心境を反映していると言われています。

本作の制作にあたり、クラプトンはギタリストのアルバート・リーを除く旧メンバーとの決別を選び、完全に新しい布陣でレコーディングに臨みました。この大胆なメンバーチェンジは、サウンドに大きな変化をもたらす意図があったと考えられます。新たなリズムセクションには、著名なセッションベーシスト、ドナルド・ダック・ダンと、ドラマーのロジャー・ホーキンスが起用されました。彼らの強固で安定感のあるプレイは、クラプトンの音楽に新たな基盤を与えています。また、スライドギターの名手として世界的に知られるライ・クーダーがゲスト参加し、アルバムの随所にその独特な音色を響かせています。アルバート・リーも変わらず参加し、クラプトンとのツインギターは健在です。バッキングボーカルにはジョン・サンバラートとチャック・カークパトリックがクレジットされています。

収録曲は、ブルースやロックンロールのクラシック・ナンバーと、クラプトン自身のオリジナル曲がバランス良く配されています。カバー曲では、ブルース界の巨匠アルバート・キングの代表曲として知られる「クロスカット・ソー」がハイライトの一つです。クラプトンらしいブルースへの敬意が感じられる演奏となっています。その他にも、スリーピー・ジョン・エステスが書いた「メイク・ア・チェンジ」、ジョニー・オーティスの「クレイジー・カントリー・ホップ」といった、彼の音楽的ルーツを示す選曲が見られます。「ロックン・ロール・ハート」のような比較的ポピュラーなロックナンバーも収録されており、幅広いスタイルを取り入れていることがわかります。

自作曲からは、クラプトンのパーソナルな側面が垣間見えます。特に「ザ・シェープ・ユーアー・イン」は、当時の妻パティ・ボイドのアルコール依存症をテーマにした、内省的で痛切な歌詞が印象的な楽曲です。一方で、同じパティに捧げられたとされる「プリティ・ガール」や「マン・イン・ラヴ」といったラブソングも収録されており、複雑な感情が交錯しています。これらのオリジナル曲は、彼のソングライターとしての円熟ぶりを示すと同時に、率直な感情表現がリスナーの共感を呼んでいます。他にも「エイント・ゴーイング・ダウン」「マン・オーヴァーボード」「スロー・ダウン・リンダ」といった自作曲がアルバムを構成しています。

本作『マネー・アンド・シガレッツ』は、ブルースを基調としながらも、強力なリズムセクションとライ・クーダーの貢献により、力強くも洗練されたサウンドを実現しています。クラプトン自身のギタープレイも冴えわたっており、ヴォーカル表現も深みを増しています。メンバーチェンジを経て新たなサウンドを確立し、個人的なテーマにも向き合ったこのアルバムは、エリック・クラプトンのディスコグラフィーにおいて、次の時代への架け橋となる重要な作品と言えるでしょう。

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