ドナルド・ダック・ダン

ドナルド・“ダック”・ダン

ドナルド・“ダック”・ダン（Donald "Duck" Dunn, 1941年11月24日 - 2012年5月13日）は、アメリカ合衆国テネシー州メンフィス出身のベーシスト。アイルランド系のルーツを持つ彼は、1960年代以降のソウルミュージック、ブルース、ロックといった幅広いジャンルで活躍し、特にソウルベース界における伝説的な存在として知られています。ジェームス・ジェマーソンと並び称されるほどの影響力を持ち、その功績は高く評価されています。ミドルネームの「ダック」は彼の愛称として広く浸透しました。彼の所属したブッカー・T&ザ・MG'sは、1992年にロックの殿堂入りを果たしており、ベーシストとしても「ベースプレイヤー誌」による歴史上最も偉大な100人のベーシストで第40位、「ローリング・ストーン誌」の史上最高のベーシスト50選では第15位に選出されるなど、その卓越した技術と貢献が認められています。

経歴

1941年、音楽の街として知られるメンフィスに生まれたダンは、10歳でウクレレを手にし、やがてベースに転向します。小学6年生の頃には、後に長年の音楽パートナーとなるギタリスト、スティーヴ・クロッパーと出会い、交流を深めました。16歳でベースを始めると、スティーヴやテリー・ジョンソンと共に「ザ・ロイヤル・スペーズ」を結成。このバンドは後に「マーキーズ」と改名し、地元メンフィスの名門レーベル、スタックス・レコードに出入りするようになります。

1964年頃、ダンはスタックスのハウスバンドとして活動していたブッカー・T&ザ・MG'sにベーシストとして加入します。前任者であるルイ・スタインバーグの後を引き継いだ彼は、スタックスが倒産する1976年までの黄金期を支えました。この期間、彼はオーティス・レディング、サム&デイブ、ウィルソン・ピケット、アイザック・ヘイズ、エディ・フロイド、カーラ・トーマス、アルバート・キングなど、スタックスを代表する数多くのアーティストたちのレコーディングやライブで演奏し、彼らのヒット曲の基盤となるグルーヴを生み出しました。

スタックスを離れた1970年代以降も、ダンの活動は衰えることを知りませんでした。彼はフリーランスのセッションミュージシャンとして、フレディ・キング、エルヴィス・プレスリー、デュアン・オールマン、ロッド・スチュワート、ザ・バンドのリヴォン・ヘルム、トム・ペティ、ボブ・ディラン、エリック・クラプトン、マディ・ウォーターズ、ニール・ヤングなど、ジャンルや世代を超えた多様なアーティストたちの録音やツアーに参加しました。さらに、彼はブッカー・T&ザ・MG'sと並行して、1978年にはテレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」をきっかけに生まれたブルース・ブラザーズ・バンドにもスティーヴ・クロッパーと共に参加。1980年の映画『ブルース・ブラザース』とその続編『ブルース・ブラザース2000』には、バンドメンバーとして本人役で出演し、俳優としてもその存在感を示しました。

1983年からはエリック・クラプトンのバンドメンバーとしてツアーに参加し、2枚のアルバム制作に関わったほか、1985年の伝説的なチャリティコンサート「ライブエイド」にも出演しました。1990年代にはフロリダ州パルメットーへ移住。1992年にはブッカー・T&ザ・MG'sとして、ボブ・ディランのデビュー30周年を祝う特別公演でハウスバンドを務めました。また同年、日本のミュージシャンである忌野清志郎のアルバム「Memphis」の制作に参加し、その後の日本ツアーにも帯同。この時のライブ音源は「Have Mercy!」としてリリースされています。

晩年には喉頭癌や遺伝子病であるDupree's Syndromeを患うなど、健康上の問題も抱えましたが、精力的な活動は続きました。2000年代に入ってからは、ニール・ヤングとのツアーやレコーディング、スタックスのアーティストが集まるレビューライブ、そしてブッカー・T&ザ・MG'sとしての公演を中心に活動しました。

急逝

2012年5月、ダンはエディ・フロイドやスティーヴ・クロッパーらと共に来日し、東京のライブハウスで公演を行いました。しかし、5月9日から12日まで予定されていた全公演が終了した翌日の2012年5月13日朝、宿泊先の都内ホテルで睡眠中に安らかに息を引き取っているのが発見されました。享年70歳でした。盟友であるスティーヴ・クロッパーが同日、自身のFacebook上でダンの死を公表し、世界中の音楽ファンに衝撃を与えました。

プレイスタイル

ドナルド・“ダック”・ダンのベースプレイは、そのシンプルさとリズムに対する徹底したアプローチに特徴があります。複雑なフレーズや過度なフィルインを避け、楽曲全体のボトムを力強く支えることに徹しました。しかし、そのシンプルさの中にも独特の粘りとグルーヴがあり、特に中音域を効果的に使うことで、メロディアスに聴こえる耳に残るベースラインを数多く生み出しました。ペンタトニックを多用し、主に8分音符を基調としたフレーズに、わずかに16分音符を加えたり、短いシンコペーションを織り交ぜることで、楽曲に推進力（ドライブ感）を与えました。さらに、時には弦を引っ張り上げるほどと表現されるハードなピッキングから生まれる、アタックが明確で粒立ちの良いサウンドは、彼のトレードマークとなり、唯一無二のベースサウンドを確立しました。

使用機材

ダンのシグネイチャーとも言える愛機は、活動初期から長年にわたって使用したフェンダー社の1958年製プレシジョンベースでした。彼は他にも多くのベースを所有しており、手放したものを含めるとその数は30本にも上ると言われています。中には、1966年製のフェンダー・プレシジョンベースや、フェンダーから発売された自身のシグネイチャーモデル（シリアルナンバー1番）などがありました。その他にも、ギブソンのサンダーバードやグラバー、リッケンバッカー4001、ポール・リード・スミス、トラヴィス・ビーンといった個性的なベースや、メーカー不明の黒いジャズベース、ヤマハのBBシリーズなども使用していたことが確認されています。晩年は、レイクランド社のシグネイチャーモデルを主に使用していました。

アンプに関しては、アンペグ社製のアンプを最も頻繁に使用していましたが、GALLIEN-KRUEGER、Hartke、フェンダー・ベースマンなども用いました。彼が最後の来日公演で使用していたのは、アンペグのSVT-VRでした。

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