マリア・アンナ・モーツァルト

マリア・アンナ・ワルブルガ・イグナティア・モーツァルト（Maria Anna Walburga Ignatia Mozart, 1751年 7月30日生 - 1829年 10月29日没）は、著名な作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの実姉として知られる人物です。愛称「ナンネル」として親しまれ、彼女自身も弟に劣らぬ音楽的な才能に恵まれていました。父は作曲家・ヴァイオリニストのレオポルト・モーツァルト、母はアンナ・マリアです。

天才姉弟の始まり

ナンネルは7歳の頃、父レオポルトからクラヴィーアの手ほどきを受け始めました。その才能は目覚ましく、初期には弟ヴォルフガングをも凌ぐかと思わせるほどでした。この卓越した楽才により、彼女もまた幼少期には神童として周囲の注目を集めます。父は子らの才能を広く世に知らしめるため、ナンネルを伴ってウィーンやパリといった主要都市への演奏旅行を敢行しました。幼いナンネルは旅先で素晴らしいチェンバロ奏者、あるいはピアニストとして称賛され、時には弟を上回る高額な報酬を得ることもありました。

時代の制約と結婚

傑出した音楽家として認められながらも、当時の女性を取り巻く社会的な慣習や期待は、ナンネルの音楽家としてのキャリア継続を困難にしました。18歳を迎える頃には、結婚という人生の岐路に立ち、演奏活動から身を引かざるを得ない状況に直面します。ナンネルは、弟ヴォルフガングが時に父の意向に反する選択をしたのに対し、父レオポルトの厳格な監督下にあり続けました。父は時代の女性観に基づき、ナンネルには音楽家としてより、良き伴侶を得て家庭を築くことが相応しいと考えたのです。ナンネル自身には別の結婚相手への希望がありましたが、父に反対され、結局は父が選んだ裕福な判事、ヨハン・バプティスト・フランツ・フォン・ベルヒトルト・ツー・ゾネンブルク（1736年 - 1801年）と1784年 8月23日に結婚しました。また、弟ヴォルフガングの父への反抗や、コンスタンツェとの結婚は、ナンネルと弟の関係にも距離を生じさせる一因となったようです。

結婚後、ナンネルは夫との間に1男2女をもうけました。長男レオポルト・アーロイス（1785年 - 1840年）、長女ヨハンナ（1789年 - 1805年）、次女マリー（1790年 - 1791年）ですが、残念ながら成人したのは長男レオポルトのみでした。

後半生と遺産

父レオポルトの死後、ナンネルと弟ヴォルフガングの交流は再び始まりましたが、そのやり取りはどこか形式的で、主に遺産相続に関する事柄が中心でした。ナンネルの後半生は、愛情に満ちていたとは言えない結婚生活、唯一成人した息子レオポルト、そして彼女自身はあまり好まなかった故郷ザルツブルクでの教育活動に支えられていました。1801年に夫と死別した後、1820年には視力を失うという試練に見舞われます。晩年は、弟モーツァルトに関する数少ない貴重な生き証人としてインタビューに応じ、当時の状況を伝える重要な記録を後世に残しました。彼女は1829年 10月29日に、78歳の生涯を閉じました。

埋葬の経緯と血筋の断絶

ナンネルは生前、父レオポルトが埋葬された聖セバスティアン教会の墓地への埋葬を希望していました。しかし、弟の妻コンスタンツェが、レオポルトの墓の隣に夫ゲオルク・ニコラウス・ニッセンの墓を建て、さらに自身のウェーバー家の墓まで設けたことに反発し、希望を取り消しました。最終的に、ナンネルは聖ペーター僧院教会の墓地に埋葬されました。

親族の行く末を見ると、弟ヴォルフガングには2人の息子が成人しましたが、彼らは子孫を残しませんでした。これにより、ヴォルフガング・モーツァルトの直系子孫は1858年のカール・トーマスの死をもって途絶えます。ナンネルの没後、彼女の直系で生き残っていたのは長男レオポルトでした。レオポルトは結婚して子をもうけ、ナンネルの孫が誕生しましたが、この系統も曾孫の代にあたる1919年に途絶えてしまいます。

さらに、アウクスブルクにはナンネルとヴォルフガングの叔父（父レオポルトの弟）にあたるフランツ・アロイス・モーツァルトの家系が存在しました。フランツ・アロイスには娘マリア・アンナ・テクラ（愛称ベーズレ）がおり、従兄ヴォルフガングとの間に親密な関係があったとされています。このアウクスブルクのモーツァルト家の血統も、最後の直系子孫とされるカロリーネ・グラウ（旧姓モーツァルト）が1965年に亡くなったことで終焉を迎えました。これにより、16世紀頃にまで遡るモーツァルト家全体の血筋は約380年の歴史に幕を下ろしたのです。

その他

ナンネルの生涯は映画『ナンネル・モーツァルト哀しみの旅路』で描かれています。また、彼女の名前は、オーストリアのザルツブルクにあるリキュールメーカー「ナンネル社」の由来にもなっています。この会社は、ヴァイオリン型ボトルに入った色鮮やかなリキュールで知られています。

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