マリオ・カンドゥッチ
マリオ・カンドゥッチ（1934年5月18日 - 2020年2月16日）は、イタリア、リミニ市に生まれたカトリックの司祭であり、フランシスコ修道会の会員でした。彼は宣教師、教育者、社会福祉事業家、そして歴史家、平和運動家として、生涯を人々と平和のために捧げました。
カンドゥッチは6人兄弟の長男として、北イタリアのアドリア海に面するリミニで生を受けました。彼が生まれたのはムッソリーニ政権下のイタリアで、世界恐慌の影響が残る緊張した時代でした。第二次世界大戦末期、故郷リミニが激しい戦場となり、父親はドイツ軍の捕虜となって強制労働に送られ、母親は10歳の時に空襲で命を落としました。こうした過酷な戦争体験は、彼のその後の人生に深い影響を与えました。13歳を迎える頃、彼はアッシジの聖フランチェスコのように、神と人々を大切にする聖職者になることを志します。終戦後の困難な状況の中、家族を支えるため、ペンキ塗りやウェイターなど様々な仕事をしながら勉学を続けました。
1952年、18歳でフランシスコ会に入会。初誓願、荘厳誓願を経て、1960年には26歳で司祭に叙階されました。司祭としての道を歩み始めた彼は、1962年には第2バチカン公会議において、本部アシスタントとして会議の運営補助や司教たちの世話に携わる貴重な経験をしました。彼は後にこの時の経験を「素晴らしい体験だった」と振り返っています。1963年にはローマのウルバニアーナ大学院を卒業しました。
そして1963年10月12日、29歳でカンドゥッチ神父は日本に宣教師として来日しました。1965年からは新潟県の上越地方で宣教活動を開始し、長岡、上越、糸魚川の教会に赴任しました。1981年には高田教会（現・カトリック高田教会）の主任司祭に着任し、以後31年間にわたりこの地で活動の礎を築きました。
高田教会に着任したカンドゥッチ神父は、戦時中にこの地で発生したカトリック高田教会弾圧事件について知ります。そして事件の被害者と出会ったことから、この歴史の真実を明らかにするための活動を始めます。高田教会を離れた後も、裁判記録の開示を求めて奔走し続けました。高田事件を皮切りに、戸田帯刀神父殺害事件の記録開示、イタリア人宣教師シドッティ神父の列聖活動など、歴史解明、情報公開、そして平和運動に深く関わっていくことになります。2010年には司祭叙階50周年を迎え、宣教活動と平和運動は60年という長きに及びました。
高田教会主任司祭時代は、多岐にわたる活動を展開しました。
教育者としては、上越カトリック天使幼稚園で27年間園長を務めました。「子どもには最大の尊敬と最高の環境を」を教育理念とし、一人ひとりの自己開発を支援する環境づくりに尽力しました。園舎の移転や新築も実現しました。
社会福祉事業家としては、社会福祉法人フランシスコ第三会マリア園の園長として、高齢者福祉や児童福祉の充実に力を注ぎました。1992年に特別養護老人ホーム「さくら聖母の園」を開設したのを皮切りに、ショートステイ、デイサービス、ケアハウス、老人介護支援センターなどを次々と開設・運営しました。また、保育園の経営や、地域子育て支援事業も展開し、地域の福祉ニーズに応え続けました。
司祭としては、教会の維持・発展にも貢献しました。2005年にはカトリック妙高教会を建設し、イタリアから輸入した木材や、譲り受けたステンドグラスと鐘がその特徴となっています。また、カトリック高田教会の集合墓地の改造建設も行いました。
平和への活動も重要な柱でした。戦時中、直江津にあった捕虜収容所で虐待を受けたオーストラリア人元捕虜と地域社会との和解を目指し、1995年に収容所跡地に平和記念公園と石碑を建立する活動に協力しました。元捕虜たちだけでなく、戦犯として処刑された元民間警備員の遺族にも寄り添いました。
そして特に力を注いだのが、歴史の闇に光を当てる情報開示運動でした。
カトリック高田教会弾圧事件は、太平洋戦争末期の1944年に発生した宗教弾圧です。当時高田教会のドイツ人司祭サウエルボルン神父と7人の信徒が、聖書研究会での発言が治安維持法違反（不敬罪）にあたるとして逮捕、起訴されました。判決は終戦直後の1945年9月1日に下され、執行猶予付きの有罪となりました。この判決は治安維持法が廃止される直前の駆け込み的な性格を持つとも言われています。事件後も信徒たちは非難され、サウエルボルン神父も修道会内で不遇な扱いを受けるなど、長くその影響に苦しみました。
1981年に高田に着任したカンドゥッチ神父は、事件被害者から直接話を聞き、真相解明の必要性を強く感じます。当時の日本には情報公開の仕組みが十分ではなく、裁判記録の開示は極めて困難でしたが、カンドゥッチ神父は粘り強く活動を続けました。事件で有罪となった人々の親族や、時代の流れも相まって、新潟地方検察庁から限定的ではありましたが裁判記録の一部が開示されることになりました。これにより、逮捕理由や有罪判決の内容など、それまで不明瞭だった事件の全貌が明らかになりました。カンドゥッチ神父の尽力は、この事件の歴史的な位置づけを明確にする上で決定的な役割を果たしたのです。
高田事件以外にも、カンドゥッチ神父は戸田帯刀神父殺害事件の記録開示にも取り組みました。この事件も長い間謎に包まれていましたが、元毎日新聞記者の佐々木宏人氏からの協力を依頼されたことを機に、バチカン教皇庁や秘密文書館に直接交渉を行いました。その結果、事件当時の日本駐在バチカン公使がバチカンへ送った報告書の開示に成功し、真相解明に貢献しました。
カンドゥッチ神父はこうした歴史解明・情報開示活動について、「過去を知らなければ将来に不安が残る」と語っていました。この言葉は、彼にとって歴史の記録と伝承が、単なる研究ではなく、未来の平和を築くための重要な活動であったことを示しています。
2012年、31年間主任司祭を務めた高田を離れ、東京都世田谷区のカトリック瀬田教会に赴任しました。晩年も精力的に活動を続け、前述の戸田帯刀神父殺害事件の真相解明協力に加え、禁教時代のイタリア人宣教師ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ神父の列福・列聖運動担当者としてバチカンから任命され、日本のキリスト教史解明にも尽力しました。
2020年2月16日、肺炎のため都内の病院で安らかに息を引き取りました。85歳でした。臨終の際、「地上のことはもう良い」と語ったといいます。
自らの戦争体験から生まれた正義感と、悲しみに寄り添う優しい心を持ち、愛と平和を願い続けたカンドゥッチ神父。彼は宗教の枠を超え、児童福祉、高齢者福祉、外国人支援、平和運動、様々な地域課題、そして歴史解明といった多岐にわたる分野で、日本の人々のために働き続けました。その生涯は、困難の中で希望を見出し、他者のために行動することの大切さを私たちに教えています。
カンドゥッチは6人兄弟の長男として、北イタリアのアドリア海に面するリミニで生を受けました。彼が生まれたのはムッソリーニ政権下のイタリアで、世界恐慌の影響が残る緊張した時代でした。第二次世界大戦末期、故郷リミニが激しい戦場となり、父親はドイツ軍の捕虜となって強制労働に送られ、母親は10歳の時に空襲で命を落としました。こうした過酷な戦争体験は、彼のその後の人生に深い影響を与えました。13歳を迎える頃、彼はアッシジの聖フランチェスコのように、神と人々を大切にする聖職者になることを志します。終戦後の困難な状況の中、家族を支えるため、ペンキ塗りやウェイターなど様々な仕事をしながら勉学を続けました。
1952年、18歳でフランシスコ会に入会。初誓願、荘厳誓願を経て、1960年には26歳で司祭に叙階されました。司祭としての道を歩み始めた彼は、1962年には第2バチカン公会議において、本部アシスタントとして会議の運営補助や司教たちの世話に携わる貴重な経験をしました。彼は後にこの時の経験を「素晴らしい体験だった」と振り返っています。1963年にはローマのウルバニアーナ大学院を卒業しました。
そして1963年10月12日、29歳でカンドゥッチ神父は日本に宣教師として来日しました。1965年からは新潟県の上越地方で宣教活動を開始し、長岡、上越、糸魚川の教会に赴任しました。1981年には高田教会（現・カトリック高田教会）の主任司祭に着任し、以後31年間にわたりこの地で活動の礎を築きました。
高田教会に着任したカンドゥッチ神父は、戦時中にこの地で発生したカトリック高田教会弾圧事件について知ります。そして事件の被害者と出会ったことから、この歴史の真実を明らかにするための活動を始めます。高田教会を離れた後も、裁判記録の開示を求めて奔走し続けました。高田事件を皮切りに、戸田帯刀神父殺害事件の記録開示、イタリア人宣教師シドッティ神父の列聖活動など、歴史解明、情報公開、そして平和運動に深く関わっていくことになります。2010年には司祭叙階50周年を迎え、宣教活動と平和運動は60年という長きに及びました。
高田教会主任司祭時代は、多岐にわたる活動を展開しました。
教育者としては、上越カトリック天使幼稚園で27年間園長を務めました。「子どもには最大の尊敬と最高の環境を」を教育理念とし、一人ひとりの自己開発を支援する環境づくりに尽力しました。園舎の移転や新築も実現しました。
社会福祉事業家としては、社会福祉法人フランシスコ第三会マリア園の園長として、高齢者福祉や児童福祉の充実に力を注ぎました。1992年に特別養護老人ホーム「さくら聖母の園」を開設したのを皮切りに、ショートステイ、デイサービス、ケアハウス、老人介護支援センターなどを次々と開設・運営しました。また、保育園の経営や、地域子育て支援事業も展開し、地域の福祉ニーズに応え続けました。
司祭としては、教会の維持・発展にも貢献しました。2005年にはカトリック妙高教会を建設し、イタリアから輸入した木材や、譲り受けたステンドグラスと鐘がその特徴となっています。また、カトリック高田教会の集合墓地の改造建設も行いました。
平和への活動も重要な柱でした。戦時中、直江津にあった捕虜収容所で虐待を受けたオーストラリア人元捕虜と地域社会との和解を目指し、1995年に収容所跡地に平和記念公園と石碑を建立する活動に協力しました。元捕虜たちだけでなく、戦犯として処刑された元民間警備員の遺族にも寄り添いました。
そして特に力を注いだのが、歴史の闇に光を当てる情報開示運動でした。
カトリック高田教会弾圧事件は、太平洋戦争末期の1944年に発生した宗教弾圧です。当時高田教会のドイツ人司祭サウエルボルン神父と7人の信徒が、聖書研究会での発言が治安維持法違反（不敬罪）にあたるとして逮捕、起訴されました。判決は終戦直後の1945年9月1日に下され、執行猶予付きの有罪となりました。この判決は治安維持法が廃止される直前の駆け込み的な性格を持つとも言われています。事件後も信徒たちは非難され、サウエルボルン神父も修道会内で不遇な扱いを受けるなど、長くその影響に苦しみました。
1981年に高田に着任したカンドゥッチ神父は、事件被害者から直接話を聞き、真相解明の必要性を強く感じます。当時の日本には情報公開の仕組みが十分ではなく、裁判記録の開示は極めて困難でしたが、カンドゥッチ神父は粘り強く活動を続けました。事件で有罪となった人々の親族や、時代の流れも相まって、新潟地方検察庁から限定的ではありましたが裁判記録の一部が開示されることになりました。これにより、逮捕理由や有罪判決の内容など、それまで不明瞭だった事件の全貌が明らかになりました。カンドゥッチ神父の尽力は、この事件の歴史的な位置づけを明確にする上で決定的な役割を果たしたのです。
高田事件以外にも、カンドゥッチ神父は戸田帯刀神父殺害事件の記録開示にも取り組みました。この事件も長い間謎に包まれていましたが、元毎日新聞記者の佐々木宏人氏からの協力を依頼されたことを機に、バチカン教皇庁や秘密文書館に直接交渉を行いました。その結果、事件当時の日本駐在バチカン公使がバチカンへ送った報告書の開示に成功し、真相解明に貢献しました。
カンドゥッチ神父はこうした歴史解明・情報開示活動について、「過去を知らなければ将来に不安が残る」と語っていました。この言葉は、彼にとって歴史の記録と伝承が、単なる研究ではなく、未来の平和を築くための重要な活動であったことを示しています。
2012年、31年間主任司祭を務めた高田を離れ、東京都世田谷区のカトリック瀬田教会に赴任しました。晩年も精力的に活動を続け、前述の戸田帯刀神父殺害事件の真相解明協力に加え、禁教時代のイタリア人宣教師ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ神父の列福・列聖運動担当者としてバチカンから任命され、日本のキリスト教史解明にも尽力しました。
2020年2月16日、肺炎のため都内の病院で安らかに息を引き取りました。85歳でした。臨終の際、「地上のことはもう良い」と語ったといいます。
自らの戦争体験から生まれた正義感と、悲しみに寄り添う優しい心を持ち、愛と平和を願い続けたカンドゥッチ神父。彼は宗教の枠を超え、児童福祉、高齢者福祉、外国人支援、平和運動、様々な地域課題、そして歴史解明といった多岐にわたる分野で、日本の人々のために働き続けました。その生涯は、困難の中で希望を見出し、他者のために行動することの大切さを私たちに教えています。
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