マリー・スパルタリ・スティルマン

マリー・スパルタリ・スティルマン：ラファエル前派の画家とモデルの生涯

マリー・スパルタリ・スティルマン（1844年3月10日-1927年3月8日）は、19世紀後半に活躍したイギリスの画家であり、数々のラファエル前派の絵画のモデルとしても名を馳せました。裕福なギリシャ系英国人の家庭に生まれ、恵まれた環境で育ちました。幼少期から語学、文学、音楽、ダンスなど幅広い教養を身につけ、絵画への才能を開花させます。

彼女の才能を見出したのは、著名な画家フォード・マドックス・ブラウンでした。彼の指導の下、スティルマンは着実に画力を高めていきます。そして、いとこであるマリア・ザンビコやアグライヤ・コロニオと共に、ジェームズ・マクニール・ホイッスラーやダンテ・ゲイブリエル・ロセッティといった、当時を代表する画家のモデルを務めます。これらの経験は、後の彼女の画風にも大きな影響を与えました。ホイッスラーやロセッティといった巨匠の芸術的感性に触れたことで、彼女独自の表現方法を確立していったのです。

スティルマンは、1871年4月、両親の反対を押し切ってアメリカ人ジャーナリストで美術愛好家のウィリアム・ジェームズ・スティルマンと結婚しました。夫はカリフォルニアの政治家の息子で、新聞『タイムズ』の外国特派員として活躍していました。結婚後、スティルマンは3人の子供をもうけ、夫の前の妻との子供3人も含め、大家族を築き上げました。

夫の仕事の都合で、夫妻は1878年から1883年にかけてフィレンツェ、1889年から1896年にかけてローマに滞在しました。このイタリアでの生活は、彼女の絵画に大きな影響を与え、イタリアの風景や生活様式を題材にした作品が多く誕生しました。イタリアの光と色彩、そして歴史的な建造物や風景は、彼女独特の感性を通して、絵画の中に鮮やかに表現されています。

画家としてのスティルマンは、典型的なラファエル前派のスタイルを踏襲しつつ、独自の表現世界を築き上げました。彼女の絵画は、女性像、シェイクスピアの劇の場面、そして美しいイタリアの風景画などで構成されています。繊細な筆致と、ロマンティックな雰囲気を湛えた作品群は、高い評価を得ていました。彼女はロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの展覧会や、フィラデルフィア万国博覧会などにも作品を出展し、国際的な注目を集めました。

しかし、彼女の生涯は、絵画活動のみならず、家庭や社会生活における様々な出来事に彩られています。夫の死後も、彼女は絵を描き続け、芸術家としての人生を全うしました。1927年、ロンドンで生涯を終えるまで、彼女は自身の芸術への情熱を燃やし続けました。

スティルマンの作品は、ラファエル前派の伝統を受け継ぎながらも、彼女自身の独特の感性と経験が織り込まれた、魅力的なものです。彼女の絵画は、19世紀後半の芸術界における女性の活躍、そして国際的な文化交流の時代を反映しており、歴史的にも貴重な存在です。彼女の生涯と作品は、単なる芸術史の一頁ではなく、19世紀の女性アーティストの複雑で豊かな人生の物語を示すものです。

【参考文献】
David Elliot: A Pre-Raphaelite Marriage: The Lives and Works of Marie Spartali Stillman and William James Stillman, Woodbridge, Suffolk (2005) ISBN 1-85149-495-2.
Jan Marsh und Pamela Gerrish Nunn: Pre-Raphaelite Women Artists. London: Thames and Hudson (1998) ISBN 0-500-28104-1.
William James Stillman: Autobiography of a Journalist, London: Grant Richards (1901)
Stilman, Marie. In: Hermann Alexander Müller: Biographisches Künstler-Lexikon. Die bekanntesten Zeitgenossen auf dem Gebiet der bildenden Künste aller Länder mit Angabe ihrer Werke. Bibliographisches Institut, Leipzig 1882, S. 507

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