マルエージング鋼

マルエージング鋼とは

マルエージング鋼は、航空宇宙分野の構造材として開発された特殊鋼です。その名前は、マルテンサイト変態を利用した時効硬化（aging）によって強度を向上させることに由来します。「Martensitic」と「aging」を組み合わせた「Maraging」という造語が使われています。

特徴

マルエージング鋼は、以下の様な優れた特徴を持っています。

高強度・高靭性: 非常に高い強度と靭性を兼ね備えています。
優れた可鍛性: 塑性加工時の加工硬化が小さく、加工性に優れています。
低歪み: 時効処理による歪みの発生が少ないため、精密部品の製造に適しています。
窒化処理の容易性: 窒化処理が容易で、表面硬度を向上させることができます。
低い熱膨張率: 熱による寸法変化が小さく、高温環境下でも安定した性能を発揮します。
優れた耐低温脆性: 低温環境下でも脆くなりにくく、低温環境下で使用される部品に適しています。

これらの優れた特性を持つ一方で、高価な合金成分を多く含むため、コストが高いという欠点があります。

用途

マルエージング鋼は、その優れた特性から、以下のような様々な分野で使用されています。

航空・宇宙分野の構造材
ゴルフクラブのヘッド
競技用フェンシングの剣
ウラン濃縮用遠心分離機
ミサイル部品
初期のAPFSDS弾の保持筒

グレード

マルエージング鋼には、強度に応じていくつかのグレードが存在します。グレードは、200、250、300、350といった数字で表され、これは1平方インチあたりの引張強度（千ポンド）を表しています。グレードが高いほど、合金に含まれるコバルトやチタンの量が多くなり、強度も高くなります。

MIL-S-46850D規格では、マルエージング鋼の組成や特性が定義されています。

18Niマルエージング鋼

ニッケルの割合から18Niマルエージング鋼として知られる系統もあります。
また、コバルトを含まないマルエージング鋼も存在します。これらは比較的安価ですが、強度は劣ります。一例として、Fe-18.9Ni-4.1Mo-1.9Ti のような組成があります。
ロシアや日本では、Fe-Ni-Mn系マルエージング合金の研究も行われています。

熱処理

マルエージング鋼の製造には、適切な熱処理が不可欠です。

1. 溶体化処理: まず、鋼を約820℃で加熱し、完全にオーステナイト化させます。薄い材料の場合は15〜30分、厚い材料の場合は厚さ25mmあたり1時間保持します。
2. 急冷: 次に、空冷で室温まで急冷し、柔らかく転位密度の高いラスマルテンサイトを生成します。
3. 時効硬化: 最後に、480〜500℃で約3時間エージング処理（析出硬化）を行うことで、Ni3(X,Y)金属間化合物が微細に分散し、強度を向上させます。

過時効状態になると、析出物が粗大化し、強度が低下するため、熱処理温度と時間は厳密に管理する必要があります。
また、過度の熱処理はマルテンサイトを分解し、オーステナイトに戻してしまう可能性があります。

近年の研究では、菱面体晶やNi50(X,Y,Z)50といった複雑な金属間化合物も発見されており、マルエージング鋼の組成と特性の理解がさらに深まっています。

輸出規制

マルエージング鋼は、ウラン濃縮用の遠心分離機やミサイル部品などに使用されるため、各国で輸出規制の対象となっています。日本でも、輸出貿易管理令で規制されています。

まとめ

マルエージング鋼は、その優れた特性から様々な分野で利用される特殊鋼です。特に高強度・高靭性が求められる場面でその力を発揮しますが、高コストである点に注意が必要です。


[参考資料]
MAS-1 マルエージング鋼
材料選定ガイド：金属3Dプリンター マルエージング鋼

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