マルガレーテ・ファン・エイクの肖像

ヤン・ファン・エイクによる『マルガレーテ・ファン・エイクの肖像』は、初期フランドル派を代表する巨匠の作品であり、1439年に油彩で板に描かれました。この作品は、画家の現存する作品の中でも後期に属し、妻マルガレーテを描いた肖像画として、ヨーロッパ絵画史上においても初期の例として知られています。

作品の詳細

マルガレーテは、鑑賞者に対してほぼ正面を向き、四分の三の角度で描かれています。彼女は黒色の背景を背にしており、赤いウールのガウンを身につけています。ガウンの首元と袖口には、リスの毛皮と思われる灰色の縁取りが施されています。これは、中世において毛皮が女性の性的象徴として用いられることもあったことを示唆しています。

彼女の頭部を覆う角型のウィンプルは、縮れた多層のリネンで飾られています。彼女の目は斜視の兆候を示していますが、これは当時の北ヨーロッパの人々に多く見られた特徴です。ファン・エイクは、妻の特徴を強調するために、いくつかの技法を用いています。頭部は胴体と比較して大きく描かれ、額は当時の流行に合わせて高く露わにされています。この表現は、画家の視線が妻の顔貌に集中することを意図していると考えられます。また、ウィンプル、腕、V字型のネックラインによって構成される幾何学的な図像も、顔が画面の主役となるように配置されています。

マルガレーテの上唇は薄く、口を閉じているため、一見すると厳格な印象を与えますが、美術史家のダーネンスは「確固たる性格を感じさせるが、知性に富み、晴れやかである」と評しています。また、エルヴィン・パノフスキーは、ヤン・ファン・エイクが妻を選ぶ際に「相違よりも類似を基準にした」と述べており、画家の自画像とされる『男性の肖像』と比較すると、夫妻の顔立ちがよく似ていることがわかります。

額縁の上下には、ギリシア文字で「私の夫ヨハネスが私を1439年に制作した。年齢は33歳。私にできる限り」という銘文が刻まれています。「私にできる限り」という言葉は、ファン・エイクのモットーであり、同時に画家の名前に関する言葉遊びでもあります。このモットーは、他の作品にも見られますが、肖像画に現れるのは二例のみです。

絵画の背景

この絵画が制作された経緯は明確ではありませんが、作品の性格から、公的な鑑賞よりも私的な目的のために描かれたと考えられます。マルガレーテの写実的な表現や、鑑賞者に向けてまっすぐに見つめる視線は、親密さと形式ばらない雰囲気を醸し出しています。この肖像画は、夫婦の結婚記念日や誕生日を祝うため、または贈り物として制作された可能性があります。

マルガレーテとファン・エイクは、1432年から1433年頃に結婚したと推測されています。彼らの最初の子供が1434年に生まれている一方、マルガレーテの結婚前の情報についてはほとんど何もわかっていません。彼女は貴族階級の出身と考えられていますが、服装から、上流階級ではなく下級貴族であったと推測されます。当時の服装は社会階級によってある程度決まっており、黒色は高価な染料であったため、黒い衣服を身に着けることができるのは上流階級に限られていました。マルガレーテは著名な画家の妻として、ファン・エイクの死後、ブルッヘ市から年金を受け取り、その一部を富くじに投資していたことが記録されています。

作品の帰属と評価

初期ネーデルラント派の画家たちは、現代では高く評価されていますが、19世紀初頭まではほとんど忘れられた存在でした。本作は、18世紀末にベルギーの魚市場で発見されるまで、長い間知られていませんでした。再発見後、多くの画家への帰属が議論されましたが、現在ではヤン・ファン・エイクの作品であるという点で合意されています。作品の状態は良好で、オリジナルの額縁に収められています。1998年には、ロンドン・ナショナル・ギャラリーによって洗浄と修復が行われました。

初期の研究者や美術史家の中には、本作が二連祭壇画の一部であったと推測する者もいます。1769年以前に聖ルカ組合の礼拝堂のために購入された際、一時的にファン・エイクの自画像とされる作品と対作品として並べられていました。この二連祭壇画説を支持する人々は、現存しない『男性の肖像』が、ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の『男性の肖像（自画像？）』と類似した作品であった可能性を指摘しています。

別の説として、1436年に描かれた『ルッカの聖母』がマルガレーテの肖像画であるという見解もあります。しかし、マックス・フリードレンダーは、容貌の類似に基づく推測に対して慎重な立場を示しており、当時の画家たちが実在の人物の姿を宗教画の人物に投影した可能性を指摘しています。

この作品は、ヤン・ファン・エイクの卓越した描写力と、妻への愛情が感じられる傑作として、今日でも多くの人々を魅了し続けています。

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