マルタの鷹

マルタの鷹：ハードボイルド小説の金字塔

『マルタの鷹』（The Maltese Falcon）は、20世紀アメリカの作家ダシール・ハメット（1894-1961）による長編小説であり、ハードボイルド小説の代表作として広く知られています。1929年から1930年にかけてパルプ・マガジン『ブラック・マスク』誌に連載され、その後単行本として出版されました。

本作は、私立探偵サム・スペードを主人公に、謎めいたマルタの鷹の彫像をめぐる陰謀を描いています。スペードは、美しい女、危険な男たち、そして複雑な事件に巻き込まれながら、自身の信念と正義を貫き通そうとします。

ハメットと『ブラック・マスク』誌

ハメットは1922年、ペンネーム「ピーター・コリンスン」で『ブラック・マスク』誌にデビューしました。その後、本名で執筆するようになり、同誌に多数の作品を発表しました。しかし、原稿料の問題から一時執筆を中断する時期もありました。

1926年、新たな編集長のジョゼフ・T・ショーの招聘と原稿料の増加を条件に、ハメットは『ブラック・マスク』誌への執筆を再開。ショーの依頼で長編小説に取り組み始めます。

『マルタの鷹』の誕生

『血の収穫』と『デイン家の呪い』という長編2作を発表した後、ハメットは『マルタの鷹』に取り掛かりました。この作品では、前2作とは異なり、単一のプロットに集中し、雑誌連載の制約を意識することなく、物語を構築しています。

『マルタの鷹』は『ブラック・マスク』誌に連載され、その衝撃的な内容と高い完成度から、すぐに大きな話題となりました。

作品の特徴

『マルタの鷹』は、それまでのハメット作品と比較して、いくつかの重要な特徴を持っています。

単一プロットへの集中: 前作のようなエピソード的な構成ではなく、一つの事件に集中することで緊張感を高めています。
暴力描写の減少: ハードボイルドでありながら、暴力描写は最小限に抑えられ、登場人物の心理描写や会話が物語の中核を担っています。
非シリーズものへのシフト: 前作まで続いたシリーズものの枠組みから脱却し、独立した物語として完結しています。
一人称から三人称への移行: これまで使っていた一人称視点ではなく、三人称視点を取り入れることで、客観的で冷静な描写を実現し、スペードの内面をより複雑に表現しています。

主要登場人物

サム・スペード: サンフランシスコの私立探偵。本作の主人公。クールでドライな性格だが、心の奥には深い葛藤を抱えている。
ブリジッド・オショーネシー: 事件の依頼人。美しい容姿と狡猾さでスペードを翻弄するファム・ファタール。
エフィ・ペリン: スペードの秘書。スペードの日常と、事件に巻き込まれた彼との対比を象徴する存在。
ガットマン: マルタの鷹の彫像を狙う謎の男。
* カイロ: レヴァント人で、ガットマンと協力する男。

物語の展開

依頼から始まる事件は、マルタの鷹の彫像をめぐる争奪戦へと発展していきます。スペードは、様々な人物と対峙し、裏切りと陰謀に翻弄されながらも、事件の真相を解き明かしていきます。

評価と影響

『マルタの鷹』は、発表当時から高い評価を得ており、ハードボイルド小説の傑作として広く認識されています。この作品は、ハードボイルド探偵小説のスタイルを確立し、後の多くの作家に影響を与えました。レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウなどは、その影響を強く受けているとされています。

しかし、江戸川乱歩など、この作品を退屈だと評する声もあります。これは、ハードボイルド小説が謎解きよりも人物描写や世界観を重視する点に起因していると考えられます。

結末と解釈

物語の結末は、スペードがブリジッドを警察に引き渡し、秘書のエフィに拒絶されるという、予想外の展開で幕を閉じます。これは、単なる成功譚ではなく、人間の業や現実の残酷さを描いた、複雑で深みのある結末です。

映画化

『マルタの鷹』は、これまで何度も映画化されています。中でも、1941年のジョン・ヒューストン監督による作品は、ハンフリー・ボガートの熱演と原作への忠実さで知られ、ハードボイルド映画の金字塔として高い評価を得ています。

まとめ

『マルタの鷹』は、ハードボイルド小説の金字塔として、今もなお多くの読者を魅了し続けている作品です。その魅力は、複雑なプロット、魅力的な登場人物、そして人間の深淵を描き出した世界観にあります。ハードボイルド小説に興味のある方はもちろん、ミステリ小説ファン以外の方にも、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

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