マルティン・ヴァグナー

マルティン・ヴァグナー

マルティン・ヴァグナー（Martin Wagner）は、1885年にプロイセンのケーニヒスベルク（現在のロシア・カリーニングラード）で生まれ、1957年にアメリカ合衆国マサチューセッツ州ケンブリッジで没した、ドイツを代表する都市計画家および建築家です。日本語ではマルティン・ワグナーやマルティン・ワーグナーなど、いくつかの表記が見られます。

ヴァグナーのキャリアは、特に1920年代、ヴァイマール共和国の「黄金期」におけるベルリンの都市改造において最も輝きを放ちました。彼は「大ベルリン」の建設参事官という要職に就き、世界都市へと発展するベルリンの都市計画と建設を指揮しました。社会主義者としての強い信念を持ち、ときに妥協を許さない姿勢で知られ、その手腕は建築家として個別の建物を設計するよりも、都市全体のプランナーやアーバンデザイナーとして遺憾なく発揮されましたが、関与した住宅団地においては、彼自身の資質が反映された建物デザインも見られました。

ヴァイマール期におけるヴァグナーのベルリンでの役割は、同時期にフランクフルト・アム・マインで「新フランクフルト」計画を推進したエルンスト・マイの活動と並び称されるものです。彼は特に、モダニズム住宅プロジェクトの建設に力を注ぎました。建物の要件を標準化し、建設工程の合理化を進めることで、ハウジングの大量供給を実現しようと努めました。また、建設に関わるあらゆる産業のサプライヤーを組織化したほか、住宅供給においては大規模な労働組合組織との連携を主導しました。

若い頃、ヴァグナーはベルリン工科大学で都市計画、経済、建築を学び、建築家ヘルマン・ムテジウスのもとでも経験を積みました。ドレスデンで工学士を取得後、リュストリンゲン市（現在のヴィルヘルムスハーフェンの一部）の建設局長に若くして就任し、この頃から「空地（オープンスペース）」に関する研究を開始します。1915年には、都市の緑地やオープンスペースの重要性を説いた博士論文によって博士号を取得しました。彼は都市のオープンスペースを8種類に分類し、市街地近郊の緑地が都市計画上の施設として自然公園のような役割を持つことを示しました。

第一次世界大戦中から戦後にかけて、彼は住宅問題や建築法規の研究に取り組み、雑誌に論文を発表しました。戦役中に学んだテイラー・システムの合理的な生産方式は、その後の住宅建設の合理化思想に影響を与えたとされます。終戦後、ベルリンに合併する前のシェーネベルク市の建設参事官となり、ブルーノ・タウトらと共にリンデンホーフの住宅団地建設に着手。これは労働者の新しい居住環境を実験的に探る試みであり、従来の4階建て中心の計画を2階建て主体に変更し、造園家レベレヒト・ミッゲを招いて緑地計画を重視しました。各戸に庭や畑を与え、大きな池や森を配したこの団地の構成は、後にベルリン郊外に次々と建設される大規模住宅団地（大ジードルング）群の原型となりました。

ヴァグナーはまた、「建設企業の社会化」を唱え、中世の職人組合に倣った「バウヒュッテ」という労働者のための住宅建設会社を設立し、労働者住宅運動を展開しました。これはドイツ革命期の社会改革運動とも連動し、労働組合を背景とした住宅事業化を目指すもので、その活動は全国的なネットワークへと発展しました。1924年には、労働組合総連合（ADGB）が設立した住宅供給会社DEWOGの社長に就任し、ベルリンに生まれた姉妹会社GEHAGの重役も兼任しました。ヴァグナーの指示の下、GEHAGは1924年から1933年にかけてベルリンで建設された住宅の約70％を担うなど、大量の住宅供給において極めて重要な役割を果たしました。彼は単なる企業の役員に留まらず、労働組合と連携しながら住宅団地のプロデューサーとして精力的に活動しました。この時期、タウトやハンス・シャロウンといった表現主義やモダニズムの建築家たちが、GEHAGを施主とする多くの集合住宅や住宅団地を設計しました。

1926年、ヴァグナーはルートヴィヒ・ホフマンの後任として、大ベルリン市の市建設参事官に抜擢されました。これは都市建設局長に相当する官僚職ですが、当時は社会民主主義系の民間建築家がこの職に就くことが多く、ヴァグナーもその一人でした。この地位において、彼はベルリンのほとんどのモダニズム住宅団地の計画を指揮し、その多くが現在ユネスコの世界遺産に登録されています。都市計画部はGEHAGと密接に連携し、家賃税などを活用しながら大規模な住宅プログラムを実施しました。ヴァグナーは、ミース・ファン・デル・ローエ、ヴァルター・グロピウス、ハンス・シャロウン、ヒューゴ・ヘリングといった高名な建築家だけでなく、ミッゲのような造園家も積極的にプロジェクトに起用しました。彼はベルリン中心部の再設計にも深く関心を持ちました。

彼はハンス・ペルツィヒと共にベルリンメッセ会場を設計したり、交通麻痺が深刻だったポツダム広場やアレクサンダー広場の改善に取り組んだりしました。特にアレクサンダー広場では、交通の流れとオープンスペース確保を重視し、自ら模型を作成してコンペティションを企画しました。彼の案には、後に東西統一後の再開発で実現する高層建築による集中的な開発の先駆が見られます。

1929年には、建築評論家アドルフ・ベーネと共に雑誌「新ベルリン（Das Neue Berlin）」を発刊し、都市デザインを文化・芸術運動として推進しました。また、新生ヴァイマール共和国の象徴となる国会議事堂の改造と共和国広場の拡張を目指し、設計コンペを企画しました。1930年には、リヒャルト・エルミッシュと協力してヴァンゼー湖畔の水浴場を設計しましたが、リュストリンゲン時代から好んだ楕円形や卵形といったバロック的な形態を用いたこのデザインには、建築家ペルツィヒから「官僚の口出し」と批判される一幕もありました。1931年と1932年に開催されたベルリン建築展「太陽、空気、オープンドア」では、「成長する家」の提案を含む将来の都市のあり方を示し、これが彼のベルリンでの最後の主要な活動となりました。

1933年、ナチスが政権を掌握すると、ヴァグナーの立場は危うくなります。ベルリン芸術アカデミーでのケーテ・コルヴィッツらの除名決議に激しく反対演説を行った後、自らアカデミーを脱会。ナチスへの統制が強まるドイツ工作連盟からも脱退しました。社会民主党（SPD）の長年のメンバーとして、ナチスの建築・都市政策に明確に反対した彼は、市建設参事官の地位を失い、圧力と疑惑のもとドイツを離れることを余儀なくされました。

しばらく失業状態が続きましたが、ペルツィヒの計らいでトルコからの招きを受け、1935年にイスタンブール市の都市アドバイザーに就任。市の都市計画や開発計画の調整役として専門知識を活かしました。トルコでは、ブルーノ・タウトを誘致して協働し、アンカラの首都計画にも関与するなど、亡命先で3年間活動しました。

1938年、ヴァルター・グロピウスの要請により、アメリカへ移住し、ハーバード大学デザイン大学院（GSD）の都市計画専攻教授に就任。1950年まで教鞭をとりました。米国では、プレハブ住宅システム「MWシステム」の開発や、ボストンでの都市再構築を探求する中で、住民単位のコミュニティを基盤としたコンポジット・ニュータウン構想を提唱しました。1944年にはアメリカ市民権を取得し、ウィリアム・ウースターやキャサリン・バウアーらを指導しましたが、モダニズムの社会的側面を重視するヴァグナーと、スタイルとしてのモダニズムを捉える傾向があったグロピウスとの間には、思想的な違いから良好な関係は築けなかったと言われています。

1952年以降、ヴァグナーはドイツを再訪し、復興が進む都市を視察しました。1957年に死去する直前、東西に分断されたベルリンを遠望しながら、かつての自らの時代とは異なる連邦共和国（西ドイツ）の都市開発や住宅政策を「失敗」と厳しく批判しましたが、時代は急速に変化しており、公的権力を背景とした1920年代型の社会民主主義的都市政策を主張する彼の意見に耳を傾ける者は少なかったと伝えられています。

マルティン・ヴァグナーは、ヴァイマール共和国期のベルリンにおける大規模な住宅供給と都市改造において中心的な役割を果たし、モダニズム建築の発展に貢献した重要な人物として、その業績が評価されています。彼の息子ベルナール・ワグナーも建築家として活躍しました。

関連項目

ベルリンの歴史
ベルリンのモダニズム集合住宅群（世界遺産）
ブルーノ・タウト
ヴァルター・グロピウス
ハンス・シャロウン
エルンスト・マイ

参考文献

（元のインプット参照）

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