マーキュリー13

「マーキュリー13」とは、1960年代初頭のアメリカ合衆国において、非公式ながらも宇宙飛行士候補として厳しい適性試験と訓練を受けた13人の女性たちを指します。この名称は、NASAが選抜した男性宇宙飛行士グループ「マーキュリー・セブン」に倣い、1995年に映画プロデューサーによって名付けられました。

隠された選抜プログラム

アメリカが本格的な有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」を始動させた当初、NASAは宇宙飛行士の理想像として、卓越した操縦技術を持つテストパイロットや、過酷な環境での経験を持つ探検家などを想定していました。しかし、候補者選抜にかかる莫大な費用を抑えるため、既に軍で厳しい訓練を積んだテストパイロットに焦点を絞る方針が固まります。この決定が、後に宇宙へ旅立つ人々の顔ぶれを大きく変えることになりました。

NASAの公式な宇宙飛行士選抜試験の開発に関わっていた航空医官ウィリアム・ランドルフ・ラブレス博士は、独自に女性が同じ試験を受けたらどうなるかに関心を持ちました。1960年、彼は優れた女性パイロットであるジェリー・コッブを招き、男性候補者向けの厳しい生理学的・心理学的試験を受けさせます。ラブレス博士は、女性の身体が宇宙環境にどう反応するかを科学的に探求するため、自身の資金と協力を得て非公式なプログラムを開始しました。当初、このプログラムは世間の注目を避けるようにひっそりと進められました。

世界的に著名な女性飛行士ジャクリーン・コクランとその夫の財政的支援もあり、ラブレス博士とコッブは合計25人の女性を招いて適性検査を実施しました。男性候補者と同じ基準で実施されたフェーズIの身体検査を最終的にクリアしたのは、以下の13人でした。健康上の理由で不適格となった候補者もいました。この試験結果は、1960年8月に国際的な医学シンポジウムで発表されています。ジェリー・コッブは、この先駆的な研究プログラムに参加した女性たちを「第1次女性宇宙飛行士訓練生（FLATs）」と呼んでいました。

13人の女性たち

ラブレス財団の試験を合格した13人の女性は以下の通りです。

マートル・ケーグル
ジェリー・コッブ
ジャネット・ディートリック
マリオン・ディートリック（ジャネットとは双子の姉妹）
ウォリー・ファンク
サラ・ゴアリック
ジェーン・ブリッグス・ハート（当時41歳、8児の母で最年長）
ジーン・ヒックスソン
レア・ハーレ
ジーン・ノラ・スタンボー
アイリーン・ルバートン
ジェリ・スローン
* バーニス・ステッドマン

最年少は23歳のウォリー・ファンクでした。プログラムの機密性から、これらの女性たちが一堂に会することは長らくなく、多くが初めて対面したのは1994年のことでした。

壁に阻まれた挑戦

宇宙空間で遭遇する可能性のある状況を全て把握できていなかった当時、選抜試験は多岐にわたり、時には非常に侵襲的で不快なものでした。胃酸測定のためのチューブ挿入、神経反射を見る電気ショック、めまい誘発のための氷水注入といった過酷な検査も含まれていました。

フェーズIを合格した数名の女性は、さらに詳細なフェーズII試験（隔離タンクや心理評価）に進みました。ジェリー・コッブはさらに高度なフェーズIII試験もクリアし、男女候補者の中でトップクラスの成績を収めました。他の女性たちもフェーズIIIに進む準備を進め、仕事を辞めて参加しようとした者もいましたが、試験実施予定だった海軍施設から突然の中止命令が下されました。これは、NASAからの正式な要請がない非公式プログラムに対し、軍の施設利用が認められなかったためです。

プログラム中止を受け、ジェリー・コッブらはワシントンD.C.で再開を訴え、ジョン・F・ケネディ大統領やリンドン・ジョンソン副大統領に働きかけました。そして1962年7月、下院で公聴会が開かれます。これは、1964年に公民権法で性差別が違法となる以前に、宇宙計画における性差別の可能性が議論された画期的な場でした。コッブらは女性が宇宙飛行に耐えうる能力を持つことを証言しましたが、資金提供者であったジャクリーン・コクランは、女性のための特別なプログラム設置が宇宙開発競争の妨げになるという懸念を示し、複雑な立場をとりました。NASAの幹部や男性宇宙飛行士は、NASAの選抜基準（軍のテストパイロット経験と工学学位）を満たせないため女性は不適格だと証言しましたが、ジョン・グレンが学位なしで選抜された例があるにも関わらず、基準の柔軟性は示されませんでした。当時、女性は軍用ジェット機のテストパイロットになることが不可能でした。マーキュリー13には、男性候補者よりはるかに長いプロペラ機での飛行時間を持つ者も複数いましたが、NASAはこれを評価しませんでした。結果的に、公聴会で状況が大きく変わることはありませんでした。

NASAが軍のテストパイロット経験を必須とした基準は、当時女性には閉ざされたキャリアパスであったため、実質的に女性を宇宙飛行士候補から排除していました。女性の能力を示す証拠があったにも関わらず、既存の「社会秩序」を維持したい勢力からの抵抗が壁となりました。

時代が変わり、扉が開かれるまで

1963年6月、ソビエト連邦がワレンチナ・テレシコワを世界初の女性宇宙飛行士として宇宙へ送り出したことは、アメリカ国内で大きな波紋を広げ、ラブレス医師の非公式プログラムに再びメディアの関心が集まりました。これを受け、『ライフ』誌はマーキュリー13の女性たちの名前と写真を初めて公表し、NASAの対応を批判する記事を掲載しました。メディアはしばしば、女性が宇宙飛行の厳しさに耐えられないかのような否定的な描写をしましたが、彼女たちの存在が議論を喚起しました。

法的な後押しも追い風となります。1972年の公民権法改正で女性の機会均等が推進され、1978年には軍用ジェットパイロットの資格から性別制限が撤廃されます。同年、NASAはついに初の女性宇宙飛行士養成コースを設けました。彼女たちは、スペースシャトル時代のミッション・スペシャリストとして選抜されました。1983年にはサリー・ライドがアメリカ人女性として初めて宇宙飛行を達成し、1995年にはアイリーン・コリンズが女性初のスペースシャトル操縦士、そして1999年には女性初の船長となりました。コリンズは自身の打ち上げに際し、存命だったマーキュリー13のメンバーを招待し、敬意を表しています。

半世紀後の宇宙へ

マーキュリー13の挑戦は、彼女たちの世代がNASAのミッションで宇宙へ行くという直接的な成果には繋がりませんでした。しかし、彼女たちの先駆的な努力は後の世代へ影響を与えました。そして2021年7月、マーキュリー13の一員であるウォリー・ファンクが、ブルーオリジン社の弾道飛行ミッションに参加し、82歳で宇宙飛行士の史上最年長記録を更新しました。これは、マーキュリー13の中で唯一、宇宙空間に到達した例となりました。

マーキュリー13の女性たちは、性別による障壁に立ち向かい、女性が宇宙飛行に十分な能力を持つことを証明しました。彼女たちの挑戦は、アメリカの宇宙開発におけるジェンダー平等の実現に向けた重要な一歩として、今なお記憶されています。

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