ジャクリーン・コクラン:空の女王、そしてパイオニア
ジャクリーン・コクラン(1906-1980)は、20世紀を代表する女性飛行家にして実業家です。数々の飛行記録を樹立し、女性パイロットの地位向上に大きく貢献したパイオニアとして、現在もその名を知られています。華麗な経歴の裏には、隠された過去や複雑な人間関係、そして時代の
性差別との闘いがありました。この記事では、彼女の人生と功績を多角的に考察します。
波乱万丈の若年期
1906年、
フロリダ州でベッシー・リー・ピットマンとして生まれたコクランは、貧しくなくとも裕福でもなかった製材工の家庭の末娘でした。10代前半で結婚し、息子をもうけますが、息子は幼くして亡くなり、その後離婚。彼女は「ジャクリーン」と改名し、美容師として自立した道を歩み始めます。ニューヨーク、そして
ハリウッドへと進出し、才能と魅力で成功を掴みます。
ハリウッドで出会った資産家のフロイド・オドラムとの結婚は、彼女の化粧品事業の成功を大きく後押ししました。 オドラムは、彼女のビジネスに宣伝効果があることを理解し、マーケティングに協力しました。「Wings to Beauty」という化粧品ブランドは、コクランが自ら操縦する飛行機で宣伝されました。
マリリン・モンローを広告塔に起用するなど、大胆な戦略で事業を拡大させました。
しかし、成功の裏では彼女自身の過去を隠そうとする一面がありました。生家家族とのつながりや自身の出自について、公には語られることはありませんでした。この事実が明らかになったのは彼女没後です。
航空業界への貢献:記録への挑戦と女性の地位向上
1930年代初め、飛行機の操縦を始めたコクランは、たちまちその才能を開花させます。数々の航空レースに参加し、女性として初めて数々の記録を達成。大陸横断飛行の速度記録、高度記録を次々と更新し、「速度の女王」と呼ばれました。1937年にはベンディックスレースに唯一の女性出場者として参加し、アメリア・イアハートと共に女性パイロットの参加を促すなど、女性の航空界進出に尽力しました。また、女性として初めて爆撃機で
大西洋横断飛行を成功させました。
ナインティナインズと女性パイロットの育成
女性パイロットの国際組織「ナインティナインズ」において、コクランは中心的な役割を果たしました。会長として、第二次世界大戦中の女性パイロットの活躍を促進。空軍婦人パイロット部隊(WASP)の設立に尽力し、数百人の女性パイロットの訓練を指揮しました。彼女が呼びかけた結果、多くの女性が戦争遂行に貢献することになりました。戦争への貢献は高く評価され、1945年には殊勲章を受章しました。これは民間人女性として初めての受賞でした。
戦後の活躍と音速突破
戦後もコクランの挑戦は続きます。
ジェット機に乗りこみ、新たな記録樹立を目指しました。そして1953年、
カナダ空軍の協力のもと、女性として初めて音速の壁を突破するという偉業を達成しました。この飛行には、
超音速飛行のパイオニアであるチャック・イェーガーも同行しています。その後も、速度、高度、距離の記録更新は続きました。 空母からの発着艦、
ジェット機での
大西洋横断飛行など、女性飛行家として多くの「最初」を成し遂げています。
マーキュリー13と宇宙開発への関与
1960年代には、女性宇宙飛行士の可能性を探る「マーキュリー13」プロジェクトに資金提供しました。しかし、このプロジェクトは途中で中止されました。コクラン自身は当初、このプロジェクトを支持していましたが、後に反対する立場に転じます。その理由は、自身の名声に影響する懸念があったという説が有力です。このプロジェクトの中止は、当時の
性差別的な社会構造を反映する出来事でした。1962年の議会公聴会では、宇宙開発計画への女性の参加に反対する証言を行ったことも記録に残っています。
政治活動と晩年
共和党員として、政治活動にも積極的に関与しました。アイゼンハワー大統領とは親交があり、大統領選にも協力しました。1956年には下院議員選挙に出馬しましたが、惜しくも敗北を喫しました。この敗北は、彼女の人生に影を落としました。
1980年、
カリフォルニア州で亡くなりました。彼女の名前は、彼女がよく利用していた空港の名前に刻まれています。
数々の栄誉と功績
コクランは生涯を通じて、数々の賞と表彰を受けました。フランス航空勲章、国際宇宙飛行連盟ゴールドメダルなど、国内外から高く評価されました。アメリカ空軍士官学校には、彼女の功績を称える展示が設けられています。 また、
金星のクレーターに彼女の名前が付けられるなど、その功績は宇宙空間にも広がっています。
ジャクリーン・コクランは、類まれな飛行技術と指導力、そして時代の壁を打ち破る強い意志を持った女性でした。彼女の生涯は、女性が不可能を可能にする可能性を示す、刺激的な物語です。現代の女性パイロットたちにとっても、大きなインスピレーションを与え続ける存在です。