マーサ・ヌスバウム

マーサ・クレイヴン・ヌスバウム（1947年生まれ）は、アメリカ合衆国を代表する哲学者、倫理学者の一人です。彼女の研究領域は非常に多岐にわたり、西洋古典学、古代哲学から、国際開発論、リベラリズム論、そしてフェミニズム論まで、広範なテーマに取り組んでいます。

ニューヨークで生まれたヌスバウムは、ニューヨーク大学を卒業後、ハーバード大学に進み、修士号と博士号を取得しました。その後、ハーバード大学とブラウン大学で教鞭を執り、1995年からはシカゴ大学の教授として教壇に立っています。

ヌスバウムの研究の中でも特に重要なのは、アリストテレス的徳倫理学の研究と、経済学者アマルティア・センとの共同研究によって提唱された「潜在能力アプローチ」（capability approach）です。潜在能力アプローチは、人々の潜在的な能力に着目し、それを実現するための条件を整えることを重視する考え方で、開発や貧困といった問題に対する新たな視点を提供しました。このアプローチは、開発経済学や社会政策の分野に大きな影響を与え、世界中で広く議論されています。

ヌスバウムは、その卓越した業績により、数々の栄誉ある賞を受賞しています。2012年にはアストゥリアス皇太子賞社会科学部門、2016年には京都賞思想・芸術部門、2018年にはバーグルエン賞、2021年にはホルベア賞、そして2022年にはバルザン賞を受賞しました。これらの受賞は、彼女の思想が世界的に高く評価されていることの証と言えるでしょう。

彼女の著作は多岐にわたり、主要なものとして以下のようなものがあります。

『善の脆弱性：ギリシア悲劇と哲学における運と倫理』(The Fragility of Goodness: Luck and Ethics in Greek Tragedy and Philosophy)
『愛の知―哲学と文学に関するエッセイ』(Love's Knowledge: Essays on Philosophy and Literature)
『感情と法―現代アメリカ社会の政治的リベラリズム』(Hiding from Humanity: Disgust, Shame, and the Law)
『正義のフロンティア――障碍者・外国人・動物という境界を越えて』(Frontiers of Justice: Disability, Nationality, Species Membership)
* 『経済成長がすべてか?――デモクラシーが人文学を必要とする理由』(Not for profit: why democracy needs the humanities)

これらの著作は、倫理学、政治哲学、法哲学など、幅広い分野にわたる彼女の思想的探求を示すものです。

参考文献として、神島裕子氏による『マーサ・ヌスバウム 人間性涵養の哲学』（中央公論新社、2013年）があります。この書籍は、ヌスバウムの思想を理解するための入門書として最適です。

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