ミスタンゲット

ミスタンゲット（Mistinguett, 1873年4月5日 - 1956年1月6日）は、20世紀前半のフランスで絶大な人気を誇ったシャンソン歌手であり、女優です。本名をジャンヌ・ブルジョワといった彼女は、「ミス」という愛称で親しまれ、類まれな華やかさと美しい脚線美で観客を魅了し、「レヴューの女王」「ミュージックホールの女王」として讃えられました。

生い立ちとキャリアの幕開け

1873年、パリ郊外のアンギャン＝レ＝バンに生まれたジャンヌ・ブルジョワは、幼い頃から人目を引くことが好きで活発な性格でした。7歳でスターになることを夢見たと伝えられています。早くに父親を亡くしましたが、パリ・オペラ座の音楽家からヴァイオリンと声楽を学び、芸の道を目指しました。

「ミスタンゲット」という芸名は、パリへ向かう汽車の中で出会ったレヴュー作家、サン＝マルセルが彼女を「ミス・タンゲット」と呼んだことに始まります。これは当時流行していたシャンソン「ラ・ヴェルタンゲット」をもじったものでした。

1895年、サン＝マルセルの紹介で「カジノ・ド・パリ」の舞台に立ち、キャリアをスタートさせます。その後「トリアノン・コンセール」を経て、1897年から10年間にわたり活動したカフェ・コンセール「エルドラド」で、彼女の才能は花開きました。1908年には劇団リュシモンと契約し、「ブッフ・パリジャン」でのレヴュー『ちびのフローラ』で主役に抜擢され、大きな評判を呼びます。詩人カチュール・マンデスが新聞で彼女の素晴らしい脚を称賛すると、その人気は不動のものとなり、劇作家ロベール・ド・フレールも自作の喜劇に彼女を起用しました。

センセーションとモーリス・シュヴァリエ

1909年、ムーラン・ルージュの舞台で、マックス・デアリと共に当時革新的だったアパッシュ・ダンス「ラ・シャルペー」を披露し、観客に衝撃を与えました。翌年にはパレ・ロワイヤル劇場での軽喜劇『泣くな心よ』で披露したバーレスク風ダンス「ラ・リブルダング」が話題を呼び、ミスタンゲットはパリの主要なレヴュー劇場の間で引っ張りだこになります。マリニー劇場やカピュシーヌ劇場など、次々と人気舞台に出演しました。

そして1911年末、フォリー・ベルジェールでの舞台で、後に伝説となるモーリス・シュヴァリエとの運命的な出会いを果たします。二人が共に踊った「びっくり仰天ワルツ」は空前の大ヒットを記録し、舞台上のみならず、私生活でも恋愛関係へと発展しました。この頃までに、ジャン・コクトーやオスカー・ワイルドといった芸術家をはじめ、多くの著名人が彼女の熱狂的なファンとなり、その魅力に惹かれて自殺を遂げた若者まで現れるほどでした。さらに、イギリスのエドワード7世、スペインのアルフォンソ13世、スウェーデンのグスタフ5世といった各国の王族も彼女の贔屓筋となりました。

戦争、シュヴァリエの支援、そして別れ

第一次世界大戦が勃発すると、予定されていた映画の撮影が中止となり、一時イタリアに滞在しました。1915年にパリに戻った後、「オランピア」や「スカラ劇場」に出演しますが、シュヴァリエがドイツ軍の捕虜になったことを知ります。ミスタンゲットは彼の釈放のために奔走し、スペイン王アルフォンソ13世の協力を得るなど手を尽くした結果、シュヴァリエの帰国が実現しました。

帰国したシュヴァリエのため、ミスタンゲットは自ら劇場に働きかけ、フォリー・ベルジェールへの復帰を後押ししました。1917年の舞台で再共演し、「ブロークン・ドール」などのナンバーで再び成功を収めます。二人は「パリ名物」「理想のカップル」と称されるほどの人気を博しましたが、シュヴァリエがスターとして成長し、名声を高めるにつれて、その関係には亀裂が生じ始めます。彼の女性問題に加え、芸に対するお互いの自尊心からの衝突が原因でした。特にレヴュー『ジャズるパリ』での「私の男（Mon homme）」を巡るいざこざは有名です。結局、シュヴァリエはミスタンゲットのもとを離れ、彼女は「カジノ・ド・パリ」の舞台でアール・レスリーを新たなパートナーとします。この時期に生まれたヒット曲「もう、うんざりよ（Moi j'en ai marre）」は、別れの心境を表しているかのようでした。

「レヴューの女王」としての絶頂期と晩年

1923年、「そっと（En douce）」のヒットを経て、ミスタンゲットはアメリカの興行師ジーグフェルドと契約しますが、体調を崩し渡米は実現しませんでした。しかし、1924年にパリへ戻ると、「カジノ・ド・パリ」での復帰公演『ボンジュール・パリ』は熱狂的な歓迎を受け、客席からの「お帰りなさい、ミス！」の声援に応える一幕もありました。

1926年から数年間は「ムーラン・ルージュ」を拠点に、『レヴュー・ミスタンゲット』や『サ・セ・パリ』といった自身の名を冠したレヴューを次々と成功させ、「サ・セ・パリ（Ça c'est Paris）」など多くの代表曲を生み出しました。1928年には若き日のジャン・ギャバンとも共演しています。その後も「カジノ・ド・パリ」やフォリー・ベルジェールなど、パリの主要な劇場で精力的に活動を続け、1937年の『パリの夢幻劇』は最後の大きな舞台となりましたが、記録的な動員を誇りました。

第二次世界大戦中は占領下のパリで歌い続けましたが、これが戦後、ドイツへの協力という嫌疑をかけられる原因となります。しかし、嫌疑が晴れた1949年、76歳での復帰舞台「ア・ベ・セ」での『パリは楽しむ』では、12分間に及ぶダンスを踊りきり、その衰えぬパフォーマンスとユーモア溢れる逸話（階段を下りるシーンについて「年寄り役は誰？」と聞き返した話）で観客を魅了しました。

1951年に舞台から引退したミスタンゲットは、1956年1月6日に82歳で永眠しました。最期には、かつてのパートナー、モーリス・シュヴァリエからの見舞いの電報を見て微笑んだと伝えられています。彼女の死に際し、フランスの新聞は「パリ中皆が泣いている。パリの建造物と同様に不滅と思われ、敬愛されてきた彼女は詩人、お針子（midinette）の都パリそのものだった」と報じ、ミスタンゲットがパリという都市にとって、いかに象徴的な存在であったかを伝えています。

ミスタンゲットは自身の舞台で歌う楽曲の作詞も手がけており、ジャン・ギャバンとの共作や、De limaというペンネームでの活動も知られています。代表曲としては「私の男」「もう、うんざりよ」「サ・セ・パリ」などが挙げられます。彼女が出演した映画には『巷の花』や『レ・ミゼラブル』などがあります。

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