ミズトンボ

ミズトンボ（水蜻蛉）とは

ミズトンボ（学名：Habenaria sagittifera）は、ラン科ミズトンボ属に分類される多年草です。北海道南部から九州にかけての、日当たりの良い湿地に生育します。和名の由来は、水辺に生え、花の形がトンボを連想させることに由来すると考えられていますが、詳しい命名の経緯は不明です。

特徴

ミズトンボは、7月から9月にかけて緑白色の花を多数咲かせます。花茎は直立し、40cmから80cmにまで成長します。開花時期は生育地によって異なり、同じ環境で栽培した場合でも、南方のものほど遅く咲く傾向があります。これは、分布域が広いハバナリア属の植物に共通する特徴で、開花時期が2ヶ月程度異なることもあります。そのため、自生地と異なる気候で栽培すると、生育や開花がうまくいかないことがあります。

花は直径15mm程度で、萼片は後ろにねじれて背部で接します。唇弁は緑色で、十字架のような特徴的な形をしています。距は長さ15mmほどで下に垂れ下がり、先端が丸く膨らんでいます。花自体は目立ちにくい色合いですが、その独特な形状が目を引きます。

葉は線形で、同じ仲間のサギソウよりも細く、長く伸びます。地下には少数の線状の根と短い地下茎があり、その先に新しい球根を形成します。通常は1つの新球根ができますが、栄養状態が良いと2つ目の地下茎から小さな球根ができることもあります。秋になると地上部は枯れ、球根の状態で冬を越します。

栽培

ミズトンボは、その珍しい花が観賞用として人気があり、山野草として栽培されることがあります。専門業者によって通信販売されることもありますが、サギソウとは異なり栄養繁殖が難しく、実生による増殖もコスト面から現実的ではありません。そのため、絶滅危惧種であるにもかかわらず、野生個体の採取が後を絶たない現状があります。自然保護の観点から、ミズトンボの入手や栽培は推奨されません。

ウチョウランやエビネのように、変異個体が高値で取引される植物とは異なり、ミズトンボは個体変異がほとんど見られません。そのため、商業的な増殖事業が成立しにくいと考えられています。また、北方系の個体は暑さに弱く、高温多湿な環境では根腐れを起こしやすいです。生育サイクルも寒冷地に適応しているため、暖かい地域では生育時期がずれて枯れてしまうこともあります。南方系の個体でも、増殖率が低く、ウイルスへの耐性も高くないため、長期的な栽培は困難です。

保護

ミズトンボは、自生地の開発や園芸目的の採取により、野生個体数が減少しており、各地で保護の取り組みが行われています。しかし、ミズトンボは近親交配が進むと繁殖力が低下するため、ある程度の個体数を維持しなければ継続的な繁殖が難しくなります。無菌播種による増殖は可能ですが、特定の個体だけを増やすと遺伝的多様性が失われる恐れがあります。人工的に増やした個体を自生地に戻すことは、かえって絶滅を早める可能性も指摘されています。そのため、現実的な対策としては、野生個体数がまだ保たれているうちに自生地を保護することが重要とされています。

近年、遺伝子解析技術の進歩により、個体数が減少した野生生物では、遺伝子型の異なる個体を選んで交配することで、遺伝的多様性を高めることが技術的に可能になっています。しかし、ミズトンボは栽培自体が容易ではなく、安定した人工増殖技術が確立されていません。遺伝的な情報を考慮しながら増殖を進めるための知見や、実用的な栽培技術、そしてそれらを実践できる環境が、現状では整っていないのが現状です。

Status

環境省レッドリスト：絶滅危惧II類 (VU)

類似種

オオミズトンボ (Habenaria linearifolia)：花が白色で大型。絶滅危惧IA類 (CR)。朝鮮半島、中国などに分布。
ヒメミズトンボ (Habenaria linearifolia var. brachycentra)：ミズトンボを小型化したような亜種。絶滅危惧II類 (VU)。北海道に分布。
オゼノサワトンボ：ヒメミズトンボと同種とされることが多い。距が長い。北海道と尾瀬に分布。

これらのミズトンボ類はサギソウと交配可能ですが、交雑種はほとんど稔性がありません。サギソウとミズトンボの交雑種であるスズキサギソウは、大正時代末に人工交配によって作られ、英国王立園芸協会にも登録されましたが、栽培が難しく普及していません。

脚注

環境省レッドリスト：https://www.env.go.jp/nature/kisho/hozen/redlist.html

外部リンク

* 植物図鑑 - ミズトンボ

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