ミセス・ヴァンデビルト

「ミセス・ヴァンデビルト」（Mrs Vandebilt）は、元ビートルズのポール・マッカートニーが結成したバンド、ポール・マッカートニー&ウイングスによって1973年に発表された楽曲です。彼らの代表作として名高いアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』の4曲目に収められており、その後に1974年1月、ヨーロッパおよびオーストラリアの限定的な地域でシングルとしてもリリースされました。

この楽曲の制作は、アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』の主要なレコーディングが行われたナイジェリアの都市、ラゴスで行われました。しかし、現地の気候による激しい豪雨に見舞われ、スタジオは一時的に停電するというアクシデントに見舞われます。それでもレコーディング作業を中断することなく、発電機を稼働させることで無事続行されました。その後、ロンドンに戻ってから、追加の楽器演奏やボーカルなどのオーバーダビング作業が施され、楽曲は完成に至ります。

「ミセス・ヴァンデビルト」は、その音楽性だけでなく、随所に盛り込まれたユニークな要素でも知られています。楽曲の始まりを飾る早口言葉のようなフレーズは、イギリスで活躍したコメディアン、チャーリー・チェスターの有名なキャッチフレーズ「Down in the jungle living in a tent, better than a bungalow, no rent」（ジャングルの中でテント暮らし、家賃がないだけバンガローよりマシ）を引用したものです。また、楽曲の締めくくりに聴こえる陽気な笑い声は、チャーリー・チェスターのショーで観客が発した笑い声を模倣して取り入れられたと言われています。

さらに、この曲全体を通して耳に残る印象的な「Ho Hey Ho！」というコーラスフレーズは、アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』に収録されている別の楽曲「ピカソの遺言」（Picasso's Last Words）のエンディング部分にも同じように登場し、アルバム全体の統一感を高める要素となっています。

本楽曲の演奏には、ポール・マッカートニー&ウイングスの中心メンバーが参加しています。ポール・マッカートニー自身は、リード・ボーカルに加え、ベースギター、リードギター、ドラムス、さらにはピアノと、複数の楽器を演奏して楽曲の基盤を築きました。リンダ・マッカートニーはバッキング・ボーカルとキーボードを担当し、サウンドに厚みを加えています。そしてデニー・レインは、リードギターとアコースティック・ギター、そしてバッキング・ボーカルで楽曲を彩っています。さらに、サクソフォーン奏者としてハウイー・ケイシーが参加しており、ホーンセクションによるサウンドが楽曲に深みを与えています。

これらの要素が組み合わさることで、「ミセス・ヴァンデビルト」は、アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』の中でも特に活気に満ちた、聴く者を惹きつける一曲となっています。逆境の中でも続けられたレコーディング作業や、遊び心あふれる音響的引用は、当時のポール・マッカートニー&ウイングスの制作姿勢をよく表していると言えるでしょう。多くの困難を乗り越えて完成された『バンド・オン・ザ・ラン』において、本楽曲はアルバム全体の推進力を高める重要な役割を果たしています。

（参考文献：『Paul McCartney: Recording Sessions (1969-2013)』Luca Perasi著、L.I.L.Y. Publishing、2013年。月刊ザ・ビートルズ臨時増刊号『まるごと1冊ポール・マッカートニー＆ウイングス』ザ・ビートルズクラブ編、BCC出版、2019年）

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