ミャンマーにおけるアヘン生産

ミャンマーのアヘン生産：歴史、実態、そして終わりのない課題

ミャンマーにおけるアヘンの栽培と取引は、古くからこの国の社会構造、経済、そして政治に深く根差してきました。その歴史は少なくとも16世紀に遡り、アラブ商人によってもたらされた記録がありますが、それ以前から存在した可能性も指摘されています。16世紀の伝承には、アヘンによる過剰摂取で命を落としたとされる人物の話も残されており、当時の利用の一端を伺わせます。18世紀中頃になると、中国雲南省からシャン州やコーカンといった地域に栽培が広まり、主要な換金作物としての地位を確立していきます。イギリス植民地時代には一部で制限されたものの、主要な産地では合法的な栽培が続けられました。

1948年の独立後、ミャンマーは内戦に突入します。特に1950年、国共内戦に敗れた中国国民党軍の一部がシャン州に侵入し駐屯したことが、アヘン生産を飛躍的に拡大させる一因となりました。彼らは軍資金を得るため、地元農民にアヘン栽培を強く奨励したのです。1962年にネ・ウィン将軍による軍事クーデターが発生し、ビルマ社会主義計画党（BSPP）による統制経済体制が築かれると、経済の混乱は闇市場を拡大させ、アヘン取引がさらに活発化します。政府が一部の武装勢力に対し、反政府勢力との戦闘の見返りとしてアヘン輸送の特権を与えるといった特定の制度（KKY）を導入したことも、この動きを加速させました。その結果、1970年代半ばには、ミャンマー北東部、タイ北部、ラオスにまたがる地域が「黄金の三角地帯」として知られるようになり、アフガニスタンに次ぐ世界第2位のアヘン生産地となりました。

1989年に長年政府と対峙してきたビルマ共産党（CPB）が崩壊し、傘下の部隊がいくつかの勢力に分裂した後も、政府はこれらの勢力と停戦合意を結びました。これは、反政府武装闘争をしない代わりに、地域支配権や経済活動の自由、さらには軍隊の保持を認めるという、KKY制度に類似した内容を含んでいました。これにより、これらの勢力の支配地域ではアヘン栽培とヘロイン生産がさらに拡大しました。

1996年頃から、中国からの圧力なども影響し、アヘン栽培・ヘロイン生産は一時減少傾向に転じます。2006年頃には再び増加しますが、2011年の民政移管後の経済成長に伴い、2013年からは再度減少に向かい、2020年には比較的低い水準となりました。しかし、コロナ禍による経済的打撃と2021年のクーデターによる混乱が状況を一変させます。経済が著しく悪化した多くの地域で、アヘン栽培が再び増加し、2023年にはついにアフガニスタンを抜いて世界最大のアヘン生産国となってしまいました。ジャーナリストのコー・リン・チン氏が指摘するように、麻薬取引は多くの人々にとって生活を維持・改善するための手段となり得、またミャンマーのような孤立し紛争に苦しむ国では、その根底にある政治的・経済的問題が解決されない限り、アヘン問題の根本的な解決は極めて困難であると言えます。

アヘンの栽培とそれを巡る人々

アヘンの栽培は、耕起、種まき、除草、収穫と、非常に体力を要する作業です。一般に中国人農家の方が非中国人農家よりも勤勉で収穫量が多い傾向があります。栽培は主に小規模な農家によって行われ、大規模組織による集団栽培は稀です。栽培には特定の土壌や気候条件が重要で、特に露の多い山の斜面が適地とされます。種まきから収穫までは約100日と比較的短期間ですが、鳥獣対策や繊細な除草作業、適切な時期の収穫など、細やかな手入れが必要です。ワ州の農家が語るように、栽培は大変な労力が必要ですが、他に収入を得る手段がない現実があります。農家の収入は地域や規模によって大きく変動しますが、他の作物に比べれば比較的高収入をもたらす場合があります。

農民がアヘン栽培に頼る背景には、様々な複合的な理由があります。

1. 地理的・気候条件: アヘン栽培地は気候が厳しく、市場から遠く離れた高地に位置することが多いです。米作には不向きで、バナナやコーヒーといった換金作物も栽培可能ですが、輸送手段が限られ、市場への運搬コストが高いため、十分な利益が得られません。一方、アヘンは高地でも栽培でき、長期保存や値上がりを待って売却できるという利点があります。
2. 武力紛争と政情不安: アヘン栽培が盛んな地域の多くは、慢性的な紛争や政治的混乱の影響を受けています。戦乱で土地を失った人々が高地に移住してアヘン栽培を始めたり、武装勢力が軍資金確保のために栽培を奨励したりするケースが見られます。アヘンは栽培が容易で、霜や干ばつに強く、戦闘が起きた際にも持ち運びが容易なため、不安定な環境下での生存戦略となり得ます。また、病気や緊急の出費に備えるための「保険」としてアヘンを貯蔵する農家も少なくありません。
3. 経済状況: 平和や経済発展が逆にアヘン栽培を助長することもあります。テインセイン政権下で行われた大規模開発による土地収奪は、多くの農民を土地なしに追い込み、アヘン栽培を高地での唯一の選択肢としました。また、一部地域では、停戦による市場統合の結果、それまでの主要作物（葉巻たばこ葉など）が外国産と競合して価格が暴落し、ケシ栽培への移行を余儀なくされた事例もあります。
4. 信用不足: 政府による農業融資制度は存在しますが、高地の小規模で分散した村では利用しにくいのが現状です。土地登記書類を持たない農家も多く、高利貸しに頼らざるを得ない状況があります。アヘン農家は、栽培サイクルの短さや価格の安定性から、比較的低い金利で融資を受けられる場合があり、これもアヘン栽培を選ぶ理由の一つとなっています。
5. 伝統および医療用の利用: 高地の住民にとって、アヘンは伝統的に様々な病気の治療や飢えをしのぐための薬として不可欠なものでした。近くに病院や薬局がない地域では特に重要視され、「化学薬品は怖い、新鮮なアヘンは医療に役立つ」と考える農家もいます。さらに、アヘンは地域の社交行事（祭り、結婚式、葬儀など）でも伝統的に使用されており、アヘン吸引に対する犯罪意識が低い地域も存在します。

アヘン取引には、小規模、中規模、大規模といった異なるレベルの商人が関わります。小規模商人は、徒歩で農家を訪ねたり市場で買い付けたりし、現金だけでなく物々交換も行います。多くは少数民族で、中高年の女性が多い傾向があります。中規模商人は小規模商人からアヘンを集め、大規模商人に売却します。大規模商人は数百ヴィスといった大量のアヘンを扱い、主にヘロイン製造者に販売するか、自ら製造を行います。彼らはしばしば政府高官や軍関係者、あるいは権力と強いコネクションを持つ富裕層です。彼らは権力を持つため、アヘンを強奪されたり当局に没収されたりするリスクは低いとされています。

アヘン栽培地域の支配者は「保護者」とも呼ばれ、アヘン経済において重要な役割を果たします。彼らは軍資金を確保するため、農民にアヘン栽培を奨励し、収穫されたアヘンに税を課します（しばしばアヘンで徴収）。さらに、税として徴収した分だけでなく、市場価格より安く買い取ってヘロインに精製し、より大きな利益を得ます。ヘロイン精製は通常、責任回避のために中国人ビジネスマンに委託されることが多いですが、「保護者」自身やその親族が取引に関与することもあります。しかし、彼らは私腹を肥やすだけでなく、学校建設や道路整備といった公共事業にも投資し、地元住民からの尊敬を集めることもあります。このように、「保護者」は政治家、犯罪者、ビジネスマンといった複数の顔を持ち、正規・非正規経済の両方に関与する複雑な存在です。ミャンマー政府も、反政府勢力との対決に注力する過程で、政府に友好的な武装勢力との停戦合意の中で、彼らの支配地域における非合法ビジネスを含む経済活動を黙認してきた経緯があり、これがアヘン生産拡大の一因となってきました。

アヘン根絶への試みと課題

ミャンマーにおける麻薬根絶へのアプローチは主に二つあります。一つは、麻薬を悪として取り締まり、栽培者や密売人を罰する「根絶アプローチ」。もう一つは、麻薬栽培に代わる持続可能な生計手段を提供する「代替開発アプローチ（Alternative Development：AD）」です。

ミャンマー政府は伝統的に根絶アプローチを採ってきました。過去には「麻薬王」と呼ばれる人物の掃討作戦が行われましたが、成功には至りませんでした。近年もケシ畑の破壊は続けられていますが、これには代替手段を与えられない農民を極貧に追い込むだけで、問題の根本解決にならず、栽培地を移動させるだけだという批判があります。実際に、ケシ畑を失った農民が絶望して命を絶ったという悲惨な事例も報告されています。一部の武装勢力も根絶アプローチを採用しており、例えばカチン州でのパット・ジャサン運動のように、ケシ栽培を力ずくで排除し、薬物中毒者を強制的にリハビリ施設に送るといった活動が行われ、農家との衝突が発生した事例もあります。UWSAも麻薬禁止地域化を宣言しましたが、代替生計手段の欠如から農民の貧困化を招きました。

代替開発アプローチとしては、国連薬物犯罪事務所（UNDOC）や国際協力機構（JICA）、タイのメーファールアン財団（MFLF）などがプロジェクトを実施してきました。UNDOCはシャン州などで、JICAはソバ栽培を代替作物として支援しましたが、市場へのアクセスや採算性の問題、そして紛争の再燃などにより、多くのプロジェクトが困難に直面したり中止されたりしました。MFLFは現在もシャン州で、道路や灌漑整備、畜産、コーヒーやトウモロコシといった代替作物の支援を含む包括的なADプロジェクトを進めています。

しかし、麻薬撲滅に対する国際的な支援を見ると、ミャンマーへの支援額はアフガニスタンやコロンビアといった他の主要麻薬生産国に比べて著しく少ないのが現状です。これは長年の軍事政権下での制裁や、1990年代以降、欧米市場へのヘロイン流入源が変化したことなどが影響しています。支援の少なさは、代替開発が十分に進まない要因の一つとなっています。

ヘロインの精製と複雑な流通網

アヘンからヘロインへの精製は、通常「保護者」と呼ばれる勢力と中国人ビジネスマンの協力によって行われます。「保護者」は精製場所の確保や警備を提供し、中国人ビジネスマンは資金調達、化学者の手配、原料の輸入、そして流通ルートの確保を担当します。これは資金力、コネ、そして専門知識を持つ者だけが可能なビジネスです。

ヘロインの主な流通ルートは、タイを経由するルートと中国を経由するルートがあります。タイ・ルートは、ミャンマーで精製されたヘロインが泰緬国境を越え、バンコクを経由して国際市場へ輸送されるものです。かつてクン・サの支配下にあった泰緬国境近くに精製所が集中していましたが、彼の失脚後、精製所はシャン州北東部などに移り、国境までの輸送が必要となりました。国境越えやタイ国内の輸送には、地元有力者や関係当局への賄賂が不可欠でした。かつてバンコクは主要な卸売市場の一つであり、空港も密輸に利用されましたが、1990年代以降のヤーバー（メタンフェタミン）の流行とタイ国内の取り締まり強化により、このルートは以前ほど主流ではなくなったと言われています。

一方、中国ルートは、ミャンマーから雲南省を経て中国国内を縦断し、香港などを経由して国際市場へ向かいます。1970年代後半の中国の門戸開放政策と国境貿易の活発化に伴い確立され、旧CPB系武装組織がヘロイン製造に乗り出した1989年以降に爆発的に拡大しました。中国経済の発展に伴う国内の麻薬中毒者の増加や、地理的近さ、言語・習慣の親しみやすさから、中国系の密売人にとって非常に有利なルートでした。中国からの警告により一時下火になった時期もありますが、泰緬国境での衝突による国境封鎖などを背景に再び活発化することもありました。

特筆すべきは、ヘロインが製造されてから最終的な市場に到達するまでの流通過程は、単一の個人や組織によって一元管理されているわけではないという点です。このネットワークは、製造業者、金融業者、ブローカー、輸送業者、販売業者など、多数の独立した中間業者で構成されています。麻薬取引に関わる人々は、必ずしもプロの犯罪組織のメンバーだけではなく、政治、軍、裏社会、そして合法的なビジネスの世界で同時に重要な役割を担っている人々も含まれます。このネットワークは「水平構造で流動的で日和見主義的」と形容されており、その複雑さと浸透性が問題解決をさらに困難にしています。

ミャンマーにおけるアヘンと麻薬の問題は、単なる犯罪や健康問題にとどまらず、国の歴史、政治、経済、そして社会構造と複雑に絡み合っており、包括的で長期的な視点に立った解決策が求められています。

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