ミャンマーの教育
ミャンマーの教育は、長い歴史の中で多様な変化を遂げてきました。植民地時代から独立、そして現代に至るまで、社会情勢の変動が教育システムに大きな影響を与えています。特に2021年のクーデター以降、教育環境は激変しており、現状は必ずしも安定しているとは言えない状況です。
近代以前:
近代以前の教育は、仏教僧院に付設された学校が中心でした。ここでは仏典『三蔵』を中心とした学習が行われ、パーリ語が重視されました。算術やミャンマー文字も教えられましたが、対象は8歳から20歳までの男子に限られていました。18世紀頃からは、欧米の宣教師による教会学校も設立され始めました。
英国植民地時代:
英国植民地政府は、当初ミャンマー人の教育には消極的で、財政負担を抑えるため既存の僧院を利用しようとしましたが僧侶の反対で頓挫しました。教会学校を奨励し、自ら政府学校も設立しましたが、財政負担軽減のため地方管轄に移管を進めました。エリート育成のための高等学校（後のヤンゴン大学など）も設けられましたが、授業は英語で行われたため、ミャンマー人学生の多くが脱落しました。基礎教育では、ミャンマー人向けの現地語学校、宣教師による英語・現地語学校、植民地政府関係者向けの英語学校に分かれました。現地語学校は大多数を占めましたが教育レベルは低く、一方、英語学校や英語・現地語学校は数が少なく、学費が高いため特権階級の学校となり、厳格な入学制限もありました。こうした身分差別的な教育制度への不満が独立運動と結びつき、1920年にはヤンゴン大学で大規模なストライキが発生。翌年からは民族学校が各地に設立され、多くの生徒が学びましたが、資金難から政府管理下に置かれる学校も現れました。民族学校はミャンマー語を重視しつつ、理科系科目が手薄でした。
日本占領時代:
日本占領下では、欧米の影響を排し、大東亜共栄圏の理念に基づいた教育が推進されました。教育制度は一元化され、ミャンマー語での授業、技術教育、身体訓練が方針とされました。公民、絵画、音楽、衛生、理科など実生活に即した新しい教育課程やミャンマー語の教科書が作成されましたが、ミャンマー側が要望した英語科は設置されませんでした。ヤンゴン大学は再開され、国立音楽大学なども設立されましたが、戦況の悪化に伴い学校運営は困難を極めました。
独立後:
1948年の独立後、政府は国民統合を目指し、中央集権的な教育政策を進めました。1952年には「新生活の創造」計画が採択され、識字率向上、技術者・専門家育成、若者への訓練、民主主義の定着などが目標とされました。教育省が設置され、学校は無償の国民学校に一元化されました。ミャンマー語が全段階で必修となり、中学校からは英語、小学校からは理科が導入されました。実用的な科目や情操教育、宗教も取り入れられました。職業教育も拡充され、私立学校も多数設立されました。高校卒業と大学入試を兼ねたセーダン試験が始まりました。
ビルマ社会主義計画党（BSPP）時代:
1962年のクーデター後、ネウィン政権は社会主義国家建設を目指し、教育政策ではビルマ化と科学教育重視が強調されました。少数民族地域での母語教育は禁止され、ミャンマー語のみとなりましたが、教員や教材不足から教育の質に問題が生じました。手工芸や芸術、宗教科目が削除される一方、農作業や職業技術に関する実用的訓練が導入されました。高校の一部科目の教科書が英語に変更され、生徒の理解度不足を招きました。大学においては、官僚養成から教育・研究機関としての役割が強調され、教授言語はミャンマー語に変更されました。専門大学が多数設立され、ヤンゴン大学などは学芸大学に改組されました。教員養成制度も改定され、小学校から高校へのキャリアパスが確立されました。この時代は度重なる学校閉鎖が多く、教育環境が悪化しました。国籍による大学進学制限も導入され、非市民は進学が困難になりました。私立学校は原則国有化されましたが、一部の塾や富裕層向けの学校は非公式に存在しました。
SLORC/SPDC時代:
1988年の民主化運動後の軍政下では、基礎教育が崩壊状態にあり、就学率・修了率が非常に低い状況でした。政府は学校増設で対応しましたが、教育内容では「愛国精神」「国家主義精神」の注入や、ビルマ族支配の正当性強調が行われました。総合学習や児童中心型アプローチも試みられましたが、浸透は限定的でした。大学は反政府運動の拠点となることを防ぐため弱体化が図られ、断続的な閉鎖や学生管理の強化、短縮卒業が行われました。大学数は大幅に増加し、地方分散化が進みましたが、学力低下と大学の信用低下を招きました。国軍系教育機関の新設も進みました。教員養成機関も整備され、無資格教員の解消が図られました。
民政移管後:
2011年以降のテインセイン政権下で教育改革が進められ、2014年には国家教育法が制定されました。学校制度は11年制から13年制に変更され、カリキュラムも改定され、21世紀型スキルを組み込んだ5大能力の育成が目標となりました。JICA協力による思考力重視の教科書も導入されました。非公式だった私立学校が正式に認められ、国内大学への進学も可能になりました。大学の就学期間も4年に戻り、主要大学では自治権が認められる動きも出ました。教員不足対策も行われました。
教育行政は主に教育省が担い、教育政策は独立機関である国家教育政策委員会（NEPC）が担当するとされました。軍政下では教育予算は非常に低く国家予算の1.3%程度でしたが、民政移管後は増加傾向にあります。しかし、GDPに占める教育予算の割合は1～2%程度と、ASEAN最低レベルにとどまっています（2023年度は国家予算の9.5%）。
現在の学校制度はKG（幼稚園、1年）+小学校（5年）+中学校（4年）+高校（3年）の13年制です。小学校は無償ですが、義務教育は明確に定められていません。就学率、特に中学校・高校の修了率は低い水準です。学校の種類は政府学校（公立）が大半で、私立学校、地方組織所有、特別学校、臨時緊急避難学校などがあります。政府学校は小学校（BEPS）、中学校（BEMS）、高等学校（BEHS）があり、それぞれ提供する課程が異なります。僧院学校は貧困層の子供たちの重要な学びの場であり、非正規化を経て正規化され、現在も多数存在しますが、教師がボランティアであるなど課題も抱えています。国境地帯には少数民族のアイデンティティ保持を目的としたコミュニティ学校がありますが、政府の管轄外であり高等教育への進学が困難な問題があります。軍人家庭向けの宿営地学校も存在します。
学校施設は都市部と農村部で差があり、都市部では生徒過密による二部制や大人数学級、狭い敷地が問題となる一方、農村部では教師不足やインフラ不足（電気、トイレ）が課題です。
教育内容には課題が指摘されています。歴史やミャンマー語などの文系科目では「愛国心」「忠誠」といった価値観の注入が図られ、全体として思考力、探究力、創造力の育成が軽視され、教師は指導書に厳格に従う傾向があります。授業は暗記と復唱が重視され、「覚えること＝理解すること」と捉えられがちです。試験が非常に重視され、年間を通じて試験が多く、非試験科目が軽視される傾向にあります。小学校・中学校最終学年には卒業試験があり、落第者も出ます。高校のセーダン試験は大学入試を兼ね、合格率が低いため、都市部では塾や家庭教師が一般的です。
教員養成機関には教員養成学校（EC）と教育大学（UOE）があります。小学校→中学校→高校というキャリアパスがあり、EC卒は小学校・中学校教員、UOE卒は中学校・高校教員資格を得られます。教員の社会的地位や給与は低く、女性教員の割合が高いのが特徴です。
大学はすべて国立で、教育省を含む複数の省庁が管轄しています。従来大学自治は限定的でしたが、民政移管後に主要大学に自治権が認められる動きが出ています。軍政下では学生の分散化のため、キャンパスの郊外移転や遠隔教育大学の拡充が進みました。現在も遠隔教育大学の学生数が多いですが、中退率が高い問題があります。大学の教育内容も暗記・試験偏重との指摘があり、専門学校とのダブルスクールが常態化しています。
2021年のクーデター後、多くの教師が市民不服従運動（CDM）に参加し職場を放棄しました。これに呼応して多くの生徒が学校に通わない事態が発生しました。軍政は教師の補充などで対応し学校を再開させましたが、CDMに加えて貧困や治安悪化を理由に、多数の子供たちが学校に通えておらず、中退者も増加しています。教師不足はモラル低下を招き、賄賂や体罰といった問題も指摘されています。高等教育機関でも受講登録者数は減少しており、教育を受けていない若者世代の出現が危惧されています。
ミャンマーにおける英語の地位は時代と共に大きく変化してきました。コンバウン朝時代には通訳として重用され、植民地時代には特権階級のための学校で教えられ、英語力による格差が拡大しました。独立後、中学校で導入されましたが、BSPP時代にはビルマ化政策により軽視され、教授言語もミャンマー語に変更されました。その後一部の教科書が英語になりましたが、生徒の理解度低下を招きました。SLORC/SPDC時代には小学校でも導入されましたが、暗記教育により実力はつきませんでした。経済自由化後、英語の需要は高まりましたが、高額な学費のため富裕層に限られる状況となり、再び格差が拡大しました。2021年クーデター後は、経済悪化に伴い外資系企業や国際機関、海外への機会が英語力の高い層に限定される傾向が強まっています。
歴史的変遷
近代以前:
近代以前の教育は、仏教僧院に付設された学校が中心でした。ここでは仏典『三蔵』を中心とした学習が行われ、パーリ語が重視されました。算術やミャンマー文字も教えられましたが、対象は8歳から20歳までの男子に限られていました。18世紀頃からは、欧米の宣教師による教会学校も設立され始めました。
英国植民地時代:
英国植民地政府は、当初ミャンマー人の教育には消極的で、財政負担を抑えるため既存の僧院を利用しようとしましたが僧侶の反対で頓挫しました。教会学校を奨励し、自ら政府学校も設立しましたが、財政負担軽減のため地方管轄に移管を進めました。エリート育成のための高等学校（後のヤンゴン大学など）も設けられましたが、授業は英語で行われたため、ミャンマー人学生の多くが脱落しました。基礎教育では、ミャンマー人向けの現地語学校、宣教師による英語・現地語学校、植民地政府関係者向けの英語学校に分かれました。現地語学校は大多数を占めましたが教育レベルは低く、一方、英語学校や英語・現地語学校は数が少なく、学費が高いため特権階級の学校となり、厳格な入学制限もありました。こうした身分差別的な教育制度への不満が独立運動と結びつき、1920年にはヤンゴン大学で大規模なストライキが発生。翌年からは民族学校が各地に設立され、多くの生徒が学びましたが、資金難から政府管理下に置かれる学校も現れました。民族学校はミャンマー語を重視しつつ、理科系科目が手薄でした。
日本占領時代:
日本占領下では、欧米の影響を排し、大東亜共栄圏の理念に基づいた教育が推進されました。教育制度は一元化され、ミャンマー語での授業、技術教育、身体訓練が方針とされました。公民、絵画、音楽、衛生、理科など実生活に即した新しい教育課程やミャンマー語の教科書が作成されましたが、ミャンマー側が要望した英語科は設置されませんでした。ヤンゴン大学は再開され、国立音楽大学なども設立されましたが、戦況の悪化に伴い学校運営は困難を極めました。
独立後:
1948年の独立後、政府は国民統合を目指し、中央集権的な教育政策を進めました。1952年には「新生活の創造」計画が採択され、識字率向上、技術者・専門家育成、若者への訓練、民主主義の定着などが目標とされました。教育省が設置され、学校は無償の国民学校に一元化されました。ミャンマー語が全段階で必修となり、中学校からは英語、小学校からは理科が導入されました。実用的な科目や情操教育、宗教も取り入れられました。職業教育も拡充され、私立学校も多数設立されました。高校卒業と大学入試を兼ねたセーダン試験が始まりました。
ビルマ社会主義計画党（BSPP）時代:
1962年のクーデター後、ネウィン政権は社会主義国家建設を目指し、教育政策ではビルマ化と科学教育重視が強調されました。少数民族地域での母語教育は禁止され、ミャンマー語のみとなりましたが、教員や教材不足から教育の質に問題が生じました。手工芸や芸術、宗教科目が削除される一方、農作業や職業技術に関する実用的訓練が導入されました。高校の一部科目の教科書が英語に変更され、生徒の理解度不足を招きました。大学においては、官僚養成から教育・研究機関としての役割が強調され、教授言語はミャンマー語に変更されました。専門大学が多数設立され、ヤンゴン大学などは学芸大学に改組されました。教員養成制度も改定され、小学校から高校へのキャリアパスが確立されました。この時代は度重なる学校閉鎖が多く、教育環境が悪化しました。国籍による大学進学制限も導入され、非市民は進学が困難になりました。私立学校は原則国有化されましたが、一部の塾や富裕層向けの学校は非公式に存在しました。
SLORC/SPDC時代:
1988年の民主化運動後の軍政下では、基礎教育が崩壊状態にあり、就学率・修了率が非常に低い状況でした。政府は学校増設で対応しましたが、教育内容では「愛国精神」「国家主義精神」の注入や、ビルマ族支配の正当性強調が行われました。総合学習や児童中心型アプローチも試みられましたが、浸透は限定的でした。大学は反政府運動の拠点となることを防ぐため弱体化が図られ、断続的な閉鎖や学生管理の強化、短縮卒業が行われました。大学数は大幅に増加し、地方分散化が進みましたが、学力低下と大学の信用低下を招きました。国軍系教育機関の新設も進みました。教員養成機関も整備され、無資格教員の解消が図られました。
民政移管後:
2011年以降のテインセイン政権下で教育改革が進められ、2014年には国家教育法が制定されました。学校制度は11年制から13年制に変更され、カリキュラムも改定され、21世紀型スキルを組み込んだ5大能力の育成が目標となりました。JICA協力による思考力重視の教科書も導入されました。非公式だった私立学校が正式に認められ、国内大学への進学も可能になりました。大学の就学期間も4年に戻り、主要大学では自治権が認められる動きも出ました。教員不足対策も行われました。
教育行財政制度
教育行政は主に教育省が担い、教育政策は独立機関である国家教育政策委員会（NEPC）が担当するとされました。軍政下では教育予算は非常に低く国家予算の1.3%程度でしたが、民政移管後は増加傾向にあります。しかし、GDPに占める教育予算の割合は1～2%程度と、ASEAN最低レベルにとどまっています（2023年度は国家予算の9.5%）。
基礎教育
現在の学校制度はKG（幼稚園、1年）+小学校（5年）+中学校（4年）+高校（3年）の13年制です。小学校は無償ですが、義務教育は明確に定められていません。就学率、特に中学校・高校の修了率は低い水準です。学校の種類は政府学校（公立）が大半で、私立学校、地方組織所有、特別学校、臨時緊急避難学校などがあります。政府学校は小学校（BEPS）、中学校（BEMS）、高等学校（BEHS）があり、それぞれ提供する課程が異なります。僧院学校は貧困層の子供たちの重要な学びの場であり、非正規化を経て正規化され、現在も多数存在しますが、教師がボランティアであるなど課題も抱えています。国境地帯には少数民族のアイデンティティ保持を目的としたコミュニティ学校がありますが、政府の管轄外であり高等教育への進学が困難な問題があります。軍人家庭向けの宿営地学校も存在します。
学校施設は都市部と農村部で差があり、都市部では生徒過密による二部制や大人数学級、狭い敷地が問題となる一方、農村部では教師不足やインフラ不足（電気、トイレ）が課題です。
教育内容には課題が指摘されています。歴史やミャンマー語などの文系科目では「愛国心」「忠誠」といった価値観の注入が図られ、全体として思考力、探究力、創造力の育成が軽視され、教師は指導書に厳格に従う傾向があります。授業は暗記と復唱が重視され、「覚えること＝理解すること」と捉えられがちです。試験が非常に重視され、年間を通じて試験が多く、非試験科目が軽視される傾向にあります。小学校・中学校最終学年には卒業試験があり、落第者も出ます。高校のセーダン試験は大学入試を兼ね、合格率が低いため、都市部では塾や家庭教師が一般的です。
教員養成機関には教員養成学校（EC）と教育大学（UOE）があります。小学校→中学校→高校というキャリアパスがあり、EC卒は小学校・中学校教員、UOE卒は中学校・高校教員資格を得られます。教員の社会的地位や給与は低く、女性教員の割合が高いのが特徴です。
高等教育
大学はすべて国立で、教育省を含む複数の省庁が管轄しています。従来大学自治は限定的でしたが、民政移管後に主要大学に自治権が認められる動きが出ています。軍政下では学生の分散化のため、キャンパスの郊外移転や遠隔教育大学の拡充が進みました。現在も遠隔教育大学の学生数が多いですが、中退率が高い問題があります。大学の教育内容も暗記・試験偏重との指摘があり、専門学校とのダブルスクールが常態化しています。
2021年クーデター後の状況
2021年のクーデター後、多くの教師が市民不服従運動（CDM）に参加し職場を放棄しました。これに呼応して多くの生徒が学校に通わない事態が発生しました。軍政は教師の補充などで対応し学校を再開させましたが、CDMに加えて貧困や治安悪化を理由に、多数の子供たちが学校に通えておらず、中退者も増加しています。教師不足はモラル低下を招き、賄賂や体罰といった問題も指摘されています。高等教育機関でも受講登録者数は減少しており、教育を受けていない若者世代の出現が危惧されています。
英語教育の変遷
ミャンマーにおける英語の地位は時代と共に大きく変化してきました。コンバウン朝時代には通訳として重用され、植民地時代には特権階級のための学校で教えられ、英語力による格差が拡大しました。独立後、中学校で導入されましたが、BSPP時代にはビルマ化政策により軽視され、教授言語もミャンマー語に変更されました。その後一部の教科書が英語になりましたが、生徒の理解度低下を招きました。SLORC/SPDC時代には小学校でも導入されましたが、暗記教育により実力はつきませんでした。経済自由化後、英語の需要は高まりましたが、高額な学費のため富裕層に限られる状況となり、再び格差が拡大しました。2021年クーデター後は、経済悪化に伴い外資系企業や国際機関、海外への機会が英語力の高い層に限定される傾向が強まっています。
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