ミュドーン

ミュドーン（Μύδων）

ギリシア神話には、複数の「ミュドーン」という名の人物が登場します。特に有名なのは、ホメロスの叙事詩『イリアス』に描かれたトロイア戦争に関わる二人です。この名前は、古希臘語の長母音を省略して「ミュドン」とも表記されることがあります。

パプラゴニアのミュドーン

一人は、パプラゴニア地方出身の戦士です。彼の父はアステュミオスと伝えられています。彼はトロイアの味方として戦場に立ち、パプラゴニア勢を率いるピュライメネース王の戦車の御者を務めていました。

戦況が激化する中、彼の主君であるピュライメネース王は、ギリシア軍の英雄メネラーオスによって討ち取られてしまいます。主を失ったミュドーンは、混乱の中で戦車の向きを変え、その場から離脱しようと試みました。

しかし、彼の試みはギリシア側のアンティロコスによって阻まれます。アンティロコスが投げつけた石がミュドーンの肘に見事に命中し、彼は操っていた手綱を取り落としてしまいました。手綱を失い、戦車を操縦できなくなったミュドーンは、敵であるアンティロコスから逃れる術を失います。

アンティロコスは間隙を突いて接近し、剣でミュドーンのこめかみを突き刺しました。致命傷を負ったミュドーンは、操縦席から勢いよく転落し、頭部から地面に深く突き刺さるという壮絶な最期を遂げたのです。その後、アンティロコスはピュライメネース王の馬を手中に収め、自身の陣営へと駆り立てていきました。

パイオニアのミュドーン

もう一人のミュドーンは、パイオニア地方の戦士として知られています。彼は、トロイア戦争中にスカマンドロス川のほとりで繰り広げられた激しい戦闘において、ギリシア側の最大の英雄アキレウスに討たれた人物の一人です。

この戦いで、アキレウスはその圧倒的な武力をもってトロイアとその同盟軍を次々と打ち破りました。パイオニア勢もその猛攻の前に倒れ、ミュドーンもまた、アキレウスの手にかかって命を落としたのでした。

同じくスカマンドロス川の戦いで、ミュドーンと共にアキレウスに討たれたパイオニアの戦士たちとしては、テルシロコス、アステュピュロス、ムネソス、トラシオス、アイニオス、そしてオペレステースといった面々が『イリアス』では言及されています。

このように、「ミュドーン」という名は、トロイア戦争という大叙事詩の中で、異なる背景を持つ二人の戦士に与えられた名前として記録されています。彼らの物語は、ホメロスによって後世に伝えられています。

参考文献：
* ホメロス『イリアス（上・下）』松平千秋訳、岩波文庫（1992年）

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