ムカシヤンマ

ムカシヤンマ（昔蜻蜒、Tanypteryx pryeri）

トンボ目トンボ亜目ムカシヤンマ科に属する、日本固有種の大型トンボ。その和名に「ムカシ」と付く通り、原始的な形態や生態を残しており、特にメス成虫が生殖弁ではなく産卵管を持つ点で、多くの現代的なトンボとは一線を画します。

特徴

ヤンマの名を持つ通り、同じく原始的な特徴を持つムカシトンボよりも大きく、がっしりとした体格をしており、体長は最大で80mmに達します。外見はオニヤンマや大型のサナエトンボに似ていますが、複眼の色や、サナエトンボのように複眼が離れている点で区別できます。特に目を引くのはその独特の止まり方で、木の幹に翅を広げたまま、まるでセミのように張り付く姿勢をとることが多いです。

生態

成虫は例年4月から8月頃にかけて姿を現しますが、幼虫（ヤゴ）の生態と生息環境は極めて特殊です。一般的なトンボのヤゴが池や流れの緩やかな水中に生息するのに対し、ムカシヤンマのヤゴは、谷の崖などで水が常に滴り落ち、ゼニゴケをはじめとするコケ類が一面に繁茂するような、低水温で清浄な湿った環境を好みます。彼らは水中ではなく、この湿ったコケの中にトンネルを掘って暮らし、水辺から離れた場所で半水生という独特な生活様式を送ります。成虫になるまでには約3年もの長い年月を要するとされており、これは近縁種のムカシトンボに次いで長い幼虫期間です。

分布

日本固有種であるムカシヤンマの分布域は、ムカシトンボと比較するとより限定的です。日本では、東北地方南部から本州を経て九州にかけて生息が確認されていますが、四国には分布していません。特定の環境への依存度が高いため、開発による生息地の破壊や環境の変化に非常に脆弱です。

保全状況

ムカシトンボと同様に、特殊な環境に依存しているため、森林伐採や河川改修などの開発行為による生息地の悪化や消失が深刻な脅威となっています。このため、良好な自然環境を示す指標昆虫とされることもあります。日本の多くの都道府県で、絶滅の危険性が高い生物としてレッドリストに指定されており、具体的な指定状況は以下の通りです。

絶滅危惧種（EN）: 長崎県
危急種（VU）: 宮城県、群馬県、神奈川県、兵庫県、熊本県
準絶滅危惧（NT）: 岩手県、栃木県、埼玉県、三重県、京都府、大阪府、島根県、広島県、佐賀県、宮崎県、鹿児島県
その他（情報不足などを含む）: 東京都、山梨県、鳥取県、岡山県

ムカシヤンマ科について

ムカシヤンマ科（Tanypterygidae）は、世界に約10種が確認されている比較的小さなグループです。中でもオーストラリアに生息するテイオウムカシヤンマ（Petalura ingentissima）は、体長150mm、翼長180mmにも達する巨大な種です。この大きさは、ムカシヤンマ科にとどまらず、ハビロイトトンボと並び、現存する全てのトンボ類の中でも最大級であり、トンボ亜目（不均翅亜目）の中で最大の種の一つとされています。ムカシヤンマ科全体が、原始的な特徴を残す貴重なトンボの仲間として注目されています。

参考文献

井上清・谷幸三 『トンボのすべて』 トンボ出版、1999年、ISBN 4-88716-112-3。

関連項目

ムカシトンボ

外部リンク

* ムカシヤンマ（神戸のトンボ）

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