メタノピュルス・カンドレリ

メタノピュルス・カンドレリ（Methanopyrus kandleri）

メタノピュルス・カンドレリ（Methanopyrus kandleri） は、深海の熱水が激しく噴き出す、いわゆる熱水噴出孔という特殊な環境に生息している古細菌の一種です。この生物は、極めて高い温度を好む「超好熱性」、そして酸素を全く必要としない「偏性嫌気性」という性質を持ち、メタンガスを生成する能力があることから、メタン生成古細菌に分類されています。その外見は細長い棒状の「桿菌」であり、グラム染色という細胞の識別に用いられる染色法ではグラム陽性に染まります。

学名である「Methanopyrus kandleri」は、その特徴的な性質と発見者にちなんで名付けられました。属名の「Methanopyrus」は、ラテン語の「メタン」とギリシャ語で「炎」を意味する言葉に由来しており、「炎を好むメタン菌」という生物の性質をよく表しています。種小名の「kandleri」は、微生物学者であるオットー・カントラー氏への献名として、彼のラテン語名であるKandlerusの属格形が採用されています。

驚異的な耐熱性

メタノピュルス・カンドレリの最も注目すべき特性は、その並外れた耐熱性です。いくつかの培養株が知られていますが、いずれも100℃を優に超える高温環境で生育できることが確認されています。特に注目すべきは116株と呼ばれる株で、2008年に日本の海洋研究開発機構の研究者らによって詳しく報告されました。この116株は、常圧下では116℃まで増殖が可能ですが、深海の生息地に近い200気圧から400気圧という高い圧力をかけると、なんと 122℃ という驚異的な温度でも増殖できることが確認されました。

これは、これまでに培養下で増殖が確認されたあらゆる生物の中で、最も高い生育温度を示す記録です。同じく超好熱性古細菌として知られるピロロブス・フマリイ（Pyrolobus fumarii）の持つ113℃や、一時報告されたストレイン121の121℃といった記録を上回ります。また、130℃で3時間という、通常の生物であれば完全に死滅してしまうような高温高圧（オートクレーブ処理）にも耐えうるほどの強い耐熱性も持ち合わせています。

生息環境と生育条件

メタノピュルス・カンドレリは、主に中央海嶺の近くなどにある深海の熱水噴出孔で見つかっています。最初に発見されたのは、1991年にカリフォルニア湾の水深約2000メートルにあるブラックスモーカーと呼ばれる熱水噴出孔からです（AV19株）。その後、インド洋中央海嶺の水深約2450メートルからも116株などが発見されています。

基準株であるAV19株の生育条件に関する研究では、84℃から110℃の範囲で生育が可能であり、最もよく増殖できる「至適生育温度」は98℃という結果が得られています。pH（酸性度）に関しては5.5から7の範囲で生育し、至適pHは6.5です。塩分濃度については、0.2%から4%の範囲で生育でき、至適塩濃度は2%とされています。

形態と細胞構造

この古細菌の細胞は、前述の通り桿菌の形をしており、大きさは太さが約0.5マイクロメートル、長さが2から15マイクロメートル程度です。多くの細胞は、その片方の端に鞭毛を持ち、これによって水中を移動できると考えられています。

細胞の外側を覆う細胞壁は、シュードムレインという特殊な多糖と、その表面にあるS層から構成されています。このシュードムレインという物質でできた細胞壁を持つ生物は、古細菌の中でも非常に限られており、メタノピュルス属と、系統的に近いとされるメタノバクテリウム綱の仲間にのみ見られます。特に、シュードムレインとS層の両方を持つ細胞壁構造は、メタノピュルス属を除けば、次に高い温度で生育可能なメタノテルムス属の仲間くらいでしか確認されていません。このユニークな細胞壁構造が、極限的な高温環境での生存を可能にする一因と考えられています。

代謝と栄養

メタノピュルス・カンドレリは、酸素が全く存在しない環境で生きる偏性嫌気性生物です。エネルギーを得るために、水素ガス（H2）と二酸化炭素（CO2）を材料にしてメタンガス（CH4）を生成するという、メタン生成古細菌に典型的な代謝経路を持っています。多くの他のメタン菌が利用できるギ酸、酢酸、アルコール類といった有機物は代謝できず、エネルギー源としては水素のみを利用するという特徴があります。生命活動に必要な窒素についても、外部から取り込むだけでなく、空気中の窒素を直接利用できる「窒素固定」の能力も備えています。

系統的位置づけとゲノム情報

系統解析の研究から、この古細菌は古細菌の大きなグループであるユリアーキオータ門の中で、比較的初期に分岐したグループであると考えられていました。しかし、細胞壁の構成成分が同じであることなど、より詳細な解析が進んだ結果、近年ではシュードムレインを持つメタノバクテリウム綱と近縁であるという見方も提唱されています。

分子生物学的な情報としては、基準株であるAV19株の全ゲノム配列が2002年に決定されています。そのゲノムサイズは比較的コンパクトで、約169万塩基対からなり、タンパク質をコードする遺伝子領域（ORF）は1,692箇所が確認されています。

メタノピュルス・カンドレリは、地球上の生命が存在しうる温度の限界を探る上で非常に重要な微生物であり、深海の熱水噴出孔という極限環境に適応した生命のユニークな進化を示す例として、現在も研究が進められています。

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