メタル・ジャスティス

メタリカ4作目の傑作『...And Justice For All』：社会への鋭い批評と音楽的挑戦

1988年、メタリカは4枚目のスタジオ・アルバム『...And Justice For All』(邦題:メタル・ジャスティス)をリリースしました。ジェイソン・ニューステッド加入後初の作品でありながら、そのサウンドは後のメタリカ作品とは一線を画す、複雑で野心的な仕上がりとなっています。

ベースの音量問題：謎に包まれたミキシング

このアルバムは、異例の出来事によって長く議論の的となってきました。それはベースの音量が異常に小さいという点です。当初、ベースの演奏が録音されていないのではないかと噂されましたが、2015年になってミキシングエンジニアのスティーブ・トンプソンが、ラーズ・ウルリッヒの意向でドラムを強調するためにベースの音を下げたと証言しました。しかし、ラーズ自身はそれを覚えていないという発言も残っており、真相は未だ解明されていません。このミキシングの経緯は、アルバムのサウンドに独特な特徴を与え、現在でも議論が絶えません。

社会的テーマと楽曲の深層

『...And Justice For All』は、音楽性においても大きな挑戦でした。変拍子の多用や大作志向の楽曲は、同時代のヘヴィメタルシーンとは一線を画し、オールミュージック誌では「メタリカの作品中最も複雑で野心的」と評されています。

アルバムのタイトル曲である「...And Justice For All」は、腐敗した司法制度を批判的に描いた映画から着想を得ています。ジャケットに描かれた、縄で縛られたテミスの像は、歪められた正義への皮肉を象徴的に表現しています。

その他にも、アルバム全体を通して、核戦争や社会の腐敗といった重いテーマが扱われています。この社会的なメッセージ性は、当時のヘヴィメタルシーンにおけるファンタジーやドラッグ、アルコールなどを題材とした歌詞とは対照的で、新聞などでも高く評価されました。

代表曲「One」：グラミー受賞と衝撃的な映像

シングルカットされた「One」は、メタリカにとって初のミュージックビデオ作品となりました。ダルトン・トランボの小説『ジョニーは戦場へ行った』を元に作られたこの曲は、戦争によって手足を失った兵士の悲惨な境遇を描写し、「One」というタイトルには「孤独」と「手足を失った兵士」という意味が込められています。ミュージックビデオには、原作映画のシーンも取り入れられており、その衝撃的な映像は多くの人々の心に深く刻まれました。この曲は、グラミー賞のベスト・メタル・パフォーマンス部門を受賞しています。

収録楽曲：多様なテーマと影響

アルバムには、社会や人間の闇を様々な角度から描いた楽曲が収録されています。以下に主な楽曲と、その背景を紹介します。

Blackened (ブラッケンド): 核戦争後の荒廃した世界を描写。アフガニスタン紛争やイラン・イラク戦争などの時代背景を反映しています。イントロのギターリフは、デモ音源を逆再生したものです。
Eye of the Beholder (アイ・オブ・ザ・ビホールダー): 表現の自由や選択の自由について歌われています。
The Shortest Straw (ザ・ショーテスト・ストロー): 社会の矛盾や不条理をテーマにしています。
Harvester of Sorrow (ハーヴェスター・オブ・ソロー): 映画『シャイニング』から着想を得た楽曲。狂気に染まる父親の物語です。
The Frayed Ends of Sanity (ザ・フレイド・エンズ・オブ・サニティ): 精神的な崩壊をテーマにしています。
To Live is to Die (トゥ・リヴ・イズ・トゥ・ダイ): クライブ・バーカーの詩を元に作られた楽曲です。
Dyers Eve (ダイアーズ・イヴ): ジェイムズ・ヘットフィールドが、両親の宗教観に対する怒りを表現しています。
The Prince (ザ・プリンス): 日本盤ボーナス・トラックとして収録されたダイアモンド・ヘッドのカヴァー曲です。

まとめ：時代を超えて響くメタリカのメッセージ

『...And Justice For All』は、メタリカの音楽性と社会への関心の高さを示す重要な作品です。複雑な楽曲構成、社会問題への鋭い批評、そして個々の楽曲に込められた深いメッセージは、発表から30年以上経った今でも多くのリスナーを魅了し続けています。ベースの音量問題といった制作上のエピソードも、このアルバムを語る上では欠かせない要素となっています。

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