メフテル

メフテル（Mehter）

メフテルは、かつてのオスマン帝国と現在のトルコ共和国において演奏されてきた、独特の響きを持つ伝統的な軍楽を指します。オスマン軍楽やトルコ軍楽とも呼ばれ、この音楽を奏でる楽団はメフテルハーネ（Mehterhane）として知られています。

用語について

「メフテル」という言葉は、ペルシア語の「マフタル（مهتر）」に由来し、本来は軍楽隊の個々の隊員を示す言葉でした。多数の隊員から成るため、複数形であるペルシア語の「マフタラーン（مهتران）」から派生した「メフテラーン（mehterân）」という形も用いられました。また、大臣や王子の随員が音楽を演奏する際には「マフタルの家」や「マフタル達の集会」を意味するペルシア語「マフタルハーネ（مهترخانه）」から派生した「メフテルハーネ（mehterhane）」と呼ばれました。これがやがて、軍楽隊全体を指す言葉として定着したと考えられます。現代トルコ語では、楽団全体を指して「メフテル・タクム（mehter takımı）」（メフテルの集団・グループ）と呼ぶことも一般的です。

歴史

メフテルハーネの起源は古く、西アジアに伝わる伝統的な音楽の様式と、中央アジアのテュルク民族が軍事目的で使用した太鼓による音楽の伝統が融合し、オスマン帝国の常備軍、特にイェニチェリにおいて独自の発展を遂げた音楽体系です。オスマン軍は、戦場では自軍の士気を高め、敵を威嚇するために大規模な軍楽隊を伴い、また平和な時代には宮廷の儀式などにもメフテルの演奏を取り入れました。

メフテルの響きは、オスマン軍がヨーロッパへ遠征する際にも同行したことから、西欧諸国の宮廷にも広く知られるようになります。18世紀後半には、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトやルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンといった著名な作曲家たちが、メフテルの音楽から着想を得た「トルコ行進曲」を作曲しました。さらに、18世紀前半に西欧諸国が自らの軍楽隊を組織し始めた際、その編成や楽器選択においてメフテルを模倣したことが始まりとされており、現代のブラスバンドの基本的な楽器編成にもその影響の痕跡を見ることができます。

しかし、オスマン帝国では1826年にイェニチェリが廃止されるとともに、メフテルハーネも解体されました。イェニチェリに代わって設立された西洋式の近代陸軍では、メフテルのような伝統的な軍楽は近代軍隊には不適切と見なされ、19世紀のオスマン帝国軍の行進曲は西洋式のものが主流となりました。

20世紀に入り、オスマン帝国固有の音楽文化としてのメフテルが再び見直されるようになります。第一次世界大戦中には、オスマン軍の兵士たちを鼓舞するためにメフテルが演奏されました。戦後に成立したトルコ共和国においても、その評価は必ずしも一様ではありませんでしたが、最終的にはメフテルがトルコ民族の貴重な音楽遺産であるとの認識が確立され、完全に復興されました。

現在、トルコ共和国参謀本部直属の軍事博物館司令部には専門のメフテル隊が置かれています。彼らはイスタンブールの軍事博物館でほぼ毎日コンサートを開催するほか、夏季にはトプカプ宮殿で観光客向けの演奏を披露しています。また、トルコ共和国の国家的な式典に参加したり、海外で行われるトルコ関連のイベントに出演したりするなど、国内外で活発な演奏活動を行っています。加えて、トルコの義務教育における音楽の授業で、子供たちがメフテル音楽の基礎を学ぶ機会が設けられるなど、民族音楽としてその保存と継承が進められています。

なお、今日演奏されているメフテルの楽曲の多くは、19世紀後半以降に作曲され、第一次世界大戦中に演奏されていたものを基盤としています。これらの楽曲は、一度廃止された後に西洋音楽の影響を強く受けて再構築されたものであり、イェニチェリ廃止以前の古典的なメフテル音楽とは異なる特徴を持つとされています。歌詞の内容も、オスマン帝国末期の戦勝やトルコ民族の独立を称えるなど、比較的近代的傾向が見られます。

編成

メフテルの演奏には、主にけたたましい音色の管楽器であるズルナと、左手で持ち右手のバチで叩く太鼓であるダウルが用いられます。これらの楽器はメフテルの響きを特徴づける重要な要素です。

その他にも、以下のような様々な楽器が編成に加えられます。

管楽器: ボル（ラッパ）など
打楽器: ナッカーレ（小さな太鼓）、キョス（大きな太鼓の類）など
体鳴楽器（鳴り物）: ズィル（シンバルの原型）、チェヴギャーン（「ターキッシュ・クレッセント」とも呼ばれる、音の鳴る装飾的な杖）など

また、これらの楽器奏者に加えて、儀式的な役割を担うメンバーが加わることもあります。

著名な楽曲

メフテルの楽曲は、マカーム（音階や旋律の様式）とウスール（リズム・パターン）という概念に基づいて構成されます。

いくつかの著名な楽曲としては、以下のようなものがあります。

ジェッディン・デデン（Ceddin Deden - 祖父も父も）: 日本でもテレビドラマやCMに使用されたことで知られる、最も有名なメフテル楽曲の一つです。マカーム・ヒュセイニー、ウスール・ソフィヤン（4拍子系統）のリズムで演奏されます。
オルドゥムズ・エッティン・イェミン（Ordumuz Etti Yemin - 陸軍行進曲）: マカーム・ラースト、4拍子の力強い行進曲です。
テクビル・ヴェ・ジェンク・マルシュ（Tekbir ve Cenk Marşı - テクビル・戦闘行進曲）: マカーム・ラースト、4拍子の戦闘的な楽曲です。
ゲンチ・オスマン（Genç Osman - 若きオスマン）: 民謡を基にした楽曲で、マカーム・ムステエルが用いられています。
エステルゴン・カレスィ（Estergon Kal'asi - エステルゴン城）: ハンガリーの民謡旋律を取り入れたとされる曲で、マカーム・ヒジャーズ、ウスール・アクサク（9拍子系）で演奏されます。

これらの楽曲は、トルコの豊かな音楽文化の一端を示すものであり、現在も多くの人々に親しまれています。

もう一度検索