メルクリウスとアルゴス (ルーベンス)

ピーテル・パウル・ルーベンスの『メルクリウスとアルゴス』

フランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスによって描かれた『メルクリウスとアルゴス』は、同じ主題でありながら、異なる場所で異なる形式で制作された2つの作品が存在します。一つは1635年から1638年にかけてオーク板に油彩で描かれたもので、ドレスデンのアルテ・マイスター絵画館に所蔵されています。もう一つは、1636年から1638年にかけてルーベンスと工房によってキャンバスに油彩で描かれたもので、マドリードのプラド美術館に所蔵されています。

作品の主題

両作品の主題は、古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』(第5巻)に収められた物語に基づいています。物語は、大神ユピテルがニンフのイオと恋に落ちる場面から始まります。ユピテルの妻ユノがこの不倫を知ると、ユピテルはイオをユノの怒りから守るために牝牛に変えます。しかし、ユノはユピテルの策略を見抜き、牝牛になったイオを自身への贈り物として要求し、百の目を持つ羊飼いアルゴスに監視させます。ユピテルはイオを救い出すために、知恵者である伝令神メルクリウスを送り込みます。メルクリウスはフルートの音色でアルゴスを眠らせ、その首を切り落としました。

ドレスデン版とプラド美術館版の違い

ドレスデンの作品では、メルクリウスが剣に手を伸ばしている瞬間が描かれています。これは、これからアルゴスを攻撃しようとする緊迫した場面を捉えています。一方、プラド美術館の作品では、メルクリウスがすでにアルゴスに切りかかっている様子が描かれており、より動きのある、劇的な瞬間が表現されています。

プラド美術館版の制作背景

プラド美術館に所蔵されている『メルクリウスとアルゴス』は、スペイン国王フェリペ4世が狩猟休憩塔の装飾のためにルーベンスに依頼した60点以上の神話画連作の一部でした。この連作は、短期間で制作する必要があったため、ルーベンス自身が下絵を描き、その下絵をもとに工房の画家たちが制作に携わったと考えられています。したがって、プラド美術館の『メルクリウスとアルゴス』はルーベンスとその工房による合作ということができます。

まとめ

ルーベンスの『メルクリウスとアルゴス』は、同じ神話を題材としながらも、それぞれの作品で異なる表現を見せています。ドレスデン版は緊迫感を、プラド美術館版は劇的な瞬間を捉え、ルーベンスの卓越した描写力と物語性を伝えます。また、プラド美術館版の制作背景は、当時の工房制度と、絵画制作におけるチームワークの一面を垣間見ることができます。

脚注

この作品は、ルーベンスの神話画における重要な一例であり、彼の多才な才能を示すものとして高く評価されています。
ルーベンスの作品は、バロック美術の代表作として、現在も多くの人々に愛されています。

参考文献

プラド美術館展　スペインの誇り　巨匠たちの殿堂、東京都美術館、プラド美術館、読売新聞社、日本テレビ放送網、美術館連絡協議会、2006年刊行
岡田温司監修『「聖書」と「神話」の象徴図鑑』、ナツメ社、2011年刊行　ISBN 978-4-8163-5133-4

外部リンク

アルテ・マイスター絵画館公式サイト、ピーテル・パウル・ルーベンス『メルクリウスとアルゴス』 (ドイツ語の英訳)
プラド美術館公式サイト、ピーテル・パウル・ルーベンスと工房『メルクリウスとアルゴス』(英語)

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