メルケル細胞

メルケル細胞

メルケル細胞（Merkel cell）は、脊椎動物の皮膚や粘膜の表皮に存在する、楕円形の特殊な細胞です。特に哺乳類では、表皮の一番深い層である基底層に多く見られます。この細胞は、体性感覚系の求心性神経線維と密接に結合しており、主に触覚、中でも軽い接触や低周波の振動を感知する重要な役割を担っています。その形状からドイツの解剖学者フリードリヒ・メルケルによって「接触細胞」（Tastzellen）と名付けられようとしましたが、その機能が完全に解明されるまでには長い時間を要しました。

構造と分布

メルケル細胞は、直径がおよそ10マイクロメートル程度の比較的小さな細胞です。表皮の基底層、特に指先や唇など、触覚に対する感受性が非常に高い部位の表皮突起と呼ばれる皮膚が内側に陥入した部分に豊富に存在しています。これらの細胞の最大の特徴は、感覚神経の終末部と機能的な接合（シナプス）を形成していることです。この細胞と神経終末が一体となった構造は、メルケル神経終末（Merkel cell-nerve terminal complex）、またはメルケル盤（Merkel disc）として知られています。メルケル神経終末は、皮膚にかかる圧力や変形を感知し、その情報を神経線維を通して脳に伝達する機械的受容体の一種として機能します。

機能

メルケル神経終末は、遅順応型の機械的受容体に分類されます。これは、刺激が持続している間も応答を続ける性質を持つことを意味します。具体的には、5-15ヘルツ程度の比較的低い周波数の振動や、皮膚に一定の圧力がかかり続けた際の持続的な接触に対して強く反応します。メルケル細胞が形成する受容野は非常に狭く、これにより皮膚上の微細な凹凸や形状、質感といったきめ細やかな情報を識別することが可能になります。例えば、指先で物をなぞる際に、その表面の滑らかさやザラつきを感じ取る能力は、主にメルケル神経終末の働きによるものです。一方で、長時間の強い圧迫に対してはあまり反応しないという特性も持っています。かつてこれらの細胞の機能は議論の的でしたが、近年では遺伝子ノックアウトマウスを用いた研究などにより、その触覚受容体としての役割が明確に示されています。

起源に関する議論とその他の側面

メルケル細胞の発生起源については、長い間科学者の間で議論されてきました。鳥類を用いた初期の研究では、神経細胞などが由来する神経堤細胞から発生すると示唆されました。しかし、哺乳類を用いたより新しい研究では、表皮を構成する細胞と同じ上皮細胞がその起源であるという証拠が多く得られており、現在では哺乳類においては上皮由来であるという説が有力視されています。

また、メルケル細胞は、細胞内に神経伝達物質やホルモンを含む顆粒を多く持つことから、神経内分泌機能を持つ細胞の一つと考えられており、APUD細胞系に含められることもあります。

臨床的には、メルケル細胞が由来となって発生する悪性腫瘍が存在します。これはメルケル細胞がん（Merkel cell carcinoma）と呼ばれ、比較的まれではありますが、進行が早く治療が難しい皮膚がんの一種として知られています。

このように、メルケル細胞は皮膚の触覚機能において中心的な役割を果たし、物の形状や質感を識別する私たちの能力を支えています。その発生や機能の詳細については、今なお研究が進められています。

もう一度検索