メルセゲル

メルセゲル（Meretseger）

古代エジプトの信仰体系における女神の一柱で、特にナイル川下流地域と関連付けられています。その音訳は mr sgr とされ、メルトセガー、メルトシガーとも呼ばれます。

概要

メルセゲルという名は、「静寂を愛する女性」という意味を持つと解釈されています。この名前が示すように、彼女は主に冥界、とりわけ王家の墓地（ネクロポリス）を守護する存在として知られています。死者の世界の静寂と深く結びついた存在であり、死者の守護者や、壮大な王家の谷を守る番人としての役割が強調されます。また、現世の人間が死後の世界や神聖な事柄について相談する際の相手としても信仰されました。

姿の表現

メルセゲルの図像表現は多様ですが、最も一般的なのは、女性の頭部を持つコブラの姿、あるいはコブラの頭部を持つ女性の姿です。また、蛇の頭を持つスフィンクスとして描かれる例も見られます。興味深いことに、当初は無毒の蛇として表現されていたようですが、後にエジプトで特に神聖視されていたコブラの姿へと変化したと考えられています。これは、コブラが持つ力や神秘性への強い信仰を反映していると言えるでしょう。

他の神との関連

他のエジプト神話の蛇の神、例えば豊穣の女神レネヌテト（レネネト）や魔術の力を司るウラエウスなどと同一視されることがありました。これは、古代エジプトにおける蛇という存在が持つ多様な象徴性（守護、再生、魔術など）に起因すると考えられます。さらに、死者の魂を導くという側面から、冥界の神ハトホルやアヌビスと関連付けられました。特にアヌビスの補佐役として、死後の世界での役割を分担していたと考えられています。

信仰

メルセゲルの信仰は、主に古代都市テーベ（現在のルクソール近郊）の西方地域で盛んでした。この地はナイル川の西岸に位置し、太陽が沈む方角であることから、古代エジプト人にとって死後の世界、すなわち冥界への入口と見なされていました。そのため、この地域には歴代の王や貴族の墓が集まる大規模なネクロポリスが造営されました。

メルセゲルという名が文献に見られるのは中王国時代にまで遡りますが、その信仰が最も広まり、重要視されたのは新王国時代、特に第19王朝と第20王朝においてです。王家の谷を含むこの地域の安全と静寂を守る神として、王族や墓地の労働者たちから厚く崇敬されました。また、王宮や神官階級だけでなく、民間においても信仰を集めたようです。集合墓地の近くなどには、彼女を祀るための小さな礼拝堂が数多く建設され、人々は日々の安全や死後の安寧を願って祈りを捧げました。

同族関係

メルセゲルには、他の多くの神々に見られるような明確な家族関係（配偶者や子）は知られていません。これは、彼女が死者の町の静寂そのものから生まれた、あるいはその静寂を神格化した存在であるというユニークな性質に由来すると考えられています。彼女自身の存在が、冥界の静寂と切り離せないものとして捉えられていたのです。ただし、その地位や役割においては、前述のレネネトやウレト=ヘカウといった女神と同等に見なされることがありました。また、冥界の重要な神であるアヌビスの補佐役としての側面も持っていました。

関連項目

アヌビス
スフィンクス

メルセゲルは、古代エジプトにおける死生観や冥界信仰、そして聖なる動物としての蛇への崇拝が融合した、興味深い女神と言えます。王家の谷の静寂を守るその姿は、古代エジプトの人々にとって畏敬と親しみの対象であったことでしょう。

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