モスクワ大火 (1547年)

1547年モスクワ大火

1547年6月24日、若きツァーリ、イヴァン4世がロシアの統治者として戴冠してからわずか半年後、モスクワの街を未曽有の大火災が襲いました。当時のモスクワは、その建物のほとんどが木造であり、一度火の手が上がると瞬く間に燃え広がる非常に脆弱な構造となっていました。この火災は、そんな木造都市の一部を壊滅的な状態へと追いやりました。

炎は勢いを増し、やがて強固な城壁で守られたクレムリンにも迫りました。クレムリン内部にも火は延焼し、特に危険だったのは火薬庫です。いくつもの火薬庫に引火した結果、激しい爆発が繰り返し発生し、被害を一層拡大させました。

壊滅的な被害と混乱

この大火災は、街に深刻な被害をもたらしました。推計でおよそ8万人もの人々が住む家を失い、避難生活を余儀なくされました。また、犠牲者の数は子供を除いて2,700人から3,700人に及んだとされています。多くの生存者も、家財を全て失い、その後の生活で極度の貧困にあえぐこととなりました。

クレムリン内にあったロシア正教の中心地である生神女就寝大聖堂にも火は燃え移りました。大聖堂内で炎に囲まれたモスクワ府主教のマカリイは、かろうじてクレムリンの壁にできた裂け目から救出されました。彼は縄を使ってモスクワ川まで下ろされたと伝えられています。この救出劇で重傷を負ったマカリイ府主教は、その後16年間生きながらえたものの、その傷が完全に回復することはなかったと言われています。

責任の追及と政治的激変

大火が鎮火した後、モスクワ市民の間では、この悲惨な出来事の責任は一体誰にあるのか、という怒りと疑念が渦巻きました。多くの人々は、この災厄の原因が、当時権勢を振るっていたイヴァン4世の母方の親族であるグリンスキー家にあると考えました。彼らの腐敗や権力乱用が天罰を招いた、あるいは彼らが意図的に火を放ったという噂が広まったのです。

大火後の混乱に乗じて、モスクワでは大規模な暴動が発生しました。激昂した暴徒たちは、責任者とみなしたグリンスキー家の人々を追いつめました。特にユーリー・グリンスキーは、人々から隠れようとしていた生神女就寝大聖堂で発見され、引きずり出された挙句、その場で石打ちの刑に処されました。彼の兄弟であるミハイル・グリンスキーは街から逃れてリトアニアへ向かおうとしましたが、試みは失敗に終わりました。さらに、彼らの母であり、イヴァン4世の母方の祖母にあたるアンナ・ヤクシッチに対しては、魔術を用いて火災を引き起こしたのだという、根拠のない噂がまことしやかに囁かれました。暴徒たちはアンナの身柄をイヴァン4世に引き渡すよう強く要求しましたが、若きツァーリはこれを断固として拒否しました。

この暴動とそれに続く政治的な混乱は、グリンスキー家を権力の座から引きずり降ろす結果となりました。一方で、市民の怒りをある程度収拾し、彼らへの対応を巡って決断を下したイヴァン4世は、この出来事を通じて自らの権力基盤をより強固なものとして確立していくことになります。1547年のモスクワ大火は、単なる都市災害にとどまらず、イヴァン4世の初期統治における重要な政治的転換点となったのです。

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