モスクワ裁判

モスクワ裁判：スターリン体制下の影と虚偽の正義

1930年代、ソ連において「モスクワ裁判」と呼ばれる3度にわたる公開裁判が実施されました。これは、スターリン政権による大粛清の一環として、反革命分子とされた者たちを裁く場として利用されたもので、国際社会へのプロパガンダ的な側面も持ち合わせていました。しかし、その実態は、徹底した拷問と虚偽の自白に基づく、見せかけの裁判でした。

第一回モスクワ裁判（1936年）

第一回裁判は、1936年8月19日にモスクワの労働組合会館で開催されました。ジノヴィエフやカーメネフなど、かつてレーニンと共闘した革命家や、トロツキー派とされた者たちを含む16名が被告となりました。傍聴席には外国人ジャーナリストも招かれ、「公開裁判」という形式がとられましたが、傍聴人の多くはNKVD（内務人民委員部）の工作員であり、裁判の進行を監視し、被告の行動を制御していました。

被告たちは、拷問や脅迫によって「自白」を強要され、ナチス・ドイツとの共謀やスターリン暗殺計画などの罪を認めることとなりました。外国人ジャーナリストたちは、かつての革命家たちが恐怖に震え、涙ながらに「自白」する様子を報告しています。8月24日、全員に銃殺刑が宣告され、即日執行されました。

第二回モスクワ裁判（1937年）

第一回裁判に続き、1937年1月23日には「17人裁判」が開かれました。今度は、ピャタコフやムラロフといった政治家だけでなく、経済分野の専門家や技術者も被告となり、「ソ連産業への妨害」という新たな罪状が加わりました。これは、スターリンの失政を隠蔽する目的も含まれていたと考えられます。

今回も同様に、被告たちは「自白」を強いられ、「ドイツや日本との共謀」を告発しました。13名に銃殺刑、4名に流刑判決が言い渡されましたが、流刑となった者たちも後に獄中で殺害されたり、独ソ戦の混乱の中で命を落とすこととなりました。作家リオン・フォイヒトヴァンガーは、著書『モスクワ1937』の中で、この裁判の不自然さを指摘しています。

第三回モスクワ裁判（1938年）

1938年3月2日には、「21人裁判」が開かれ、ブハーリン元政治局員が中心人物として裁かれました。ヤゴーダ元NKVD長官や外交官、産業関係者など、様々な分野の人物が被告となりました。ブハーリンもまた「自白」させられましたが、その様子を目撃したジャーナリストたちの報告は様々です。

ただ一人、クレスチンスキーだけが有罪を否認しましたが、翌日には「自白」を翻しました。これは、NKVDによる圧力の存在を示唆しています。3月13日、ブハーリンら18名に銃殺刑が宣告されました。

デューイ調査委員会

モスクワ裁判に対しては、当初から疑問の声が上がっていました。1937年、ジョン・デューイを委員長とする調査委員会が結成され、裁判の不当性を明らかにする報告書を発表しました。この報告書は、裁判がでっち上げであることを示唆しています。

後世への影響

モスクワ裁判は、スターリン体制下の恐怖政治を象徴する出来事です。1956年のスターリン批判の後、多くの犠牲者は名誉回復されましたが、その背後にある、体制による徹底的な弾圧と虚偽の宣伝は、歴史に暗い影を落としました。モスクワ裁判は、権力による操作と、個人の尊厳の踏みにじられた歴史の教訓として、後世に語り継がれるべきでしょう。

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