モバイルファーマシー

モバイルファーマシー：災害時における移動薬局の可能性

モバイルファーマシー（Mobile Pharmacy, MP）とは、医薬品を積載し、移動先で薬局としての機能を提供する車両のことです。主に災害派遣時に運用され、「災害対応医薬品供給車両」とも呼ばれます。この革新的なシステムは、2011年3月に発生した東日本大震災を契機に、宮城県薬剤師会の山田卓郎氏によって考案されました。

開発の背景

東日本大震災では、津波によって多くの薬局が機能停止に陥りました。これにより、災害医療チーム（DMAT）が発行した処方箋に対応できない、DMAT撤収後に医薬品の供給が途絶える、緊急支援物資に医薬品が含まれていても調剤設備がないため配薬できないなど、多くの問題が発生しました。さらに、DMATに同行する薬剤師の不足や、被災者がお薬手帳を紛失しているため服用中の薬が不明という深刻な状況も明らかになりました。これらの課題を目の当たりにした山田氏は、ライフラインが途絶えた状況でも活動可能な移動薬局の必要性を痛感し、開発に着手しました。アウトドアを趣味としていたことから、キャンピングカーをベースにした車両を着想し、キャンピングカー製造会社バンテック社と共同で開発が進められました。

モバイルファーマシーの機能

モバイルファーマシーは、最大500品目の医薬品を積載可能です。車内には、医薬品冷蔵庫、調剤棚、分包機、電子天秤、水剤調剤用シンクなどの設備が備えられており、その場で調剤や各種医薬品への対応が可能です。また、調剤だけでなく、薬剤師の居住空間としての機能も兼ね備えており、3名分のベッド、シャワー、トイレ、発電機、温水器などが搭載されています。さらに、太陽光発電パネル、地上・衛星放送用アンテナ、現地通話用トランシーバー用アンテナなどの通信設備も完備しており、自己完結型の環境を構築しています。

ベース車両はキャンピングカーの他、ワンボックスカー、トラック、マイクロバスなど多岐にわたり、海外では大型トレーラーも使用されています。

課題と今後の展望

モバイルファーマシーは、災害時において非常に有効な手段となりうる一方で、いくつかの課題も抱えています。

導入コスト: 車両価格が高額であり、各薬剤師会が負担する必要があるため、導入のハードルが高いです。一部自治体による補助はあるものの、車両メンテナンス費用や通信費などのランニングコストも考慮する必要があります。
人材不足: 車両や装備に関する専門知識を持つ人材が少ないため、運用体制の確立が課題となっています。
法規制: 薬剤師法により、薬剤師は薬局以外の場所で調剤することが原則として禁止されており、薬機法や薬局等構造設備規則によってモバイルファーマシーは薬局として認められていません。そのため、災害時以外での利用が制限されています。しかし、過疎地での移動薬局としての需要が高まっており、現状の法規制の見直しに向けた実証実験が進められています。
お薬手帳: 災害時には、被災者がお薬手帳を持ち出せないことが多く、正確な薬剤情報の把握が困難になります。この問題に対しては、マイナンバーカードによる既往歴や服用薬情報の管理が進められています。

モバイルファーマシーは、災害時における医薬品供給の課題を解決するだけでなく、過疎地における医療サービス提供の可能性も秘めています。法整備や制度設計が進むことで、より多くの人々がその恩恵を受けられるようになることが期待されます。

関連情報

関連項目
遠隔医療
医療コンテナ / 医療テント
病院船
ドローン宅配便 - 医薬品は軽薄短小な物が多いため、被災地や過疎地、離島向けの配送に用いられている。
外部リンク
モバイルファーマシー - 宮城県薬剤師会
モバイルファーマシー®（災害対策医薬品供給車両） - VANTECH

もう一度検索