モフセン・マフマルバフ

モフセン・マフマルバフ（محسن مخملباف）は、1957年5月29日にイランの首都テヘランで生まれた、国際的に知られる映画監督、脚本家、そして映画プロデューサーです。イラン映画界を代表する人物の一人として、20本以上の長編作品を発表し、その中でも『カンダハール』は『タイム』誌が選ぶ「ベスト映画100本」にリストアップされるなど、高い評価を得ています。

彼の人生は、作品のテーマにも反映されるような波乱に満ちたものです。10代半ばでイスラム主義に傾倒した彼は、15歳で当時のパフラヴィー朝打倒を目指す地下活動に参加。17歳の時には警察官を刺傷したことで逮捕され、死刑判決を受けました。しかし、約4年半に及ぶ過酷な獄中生活を経て、1979年のイラン革命によって釈放されます。この壮絶な経験は、後の彼の創作活動に大きな影響を与えることになります。

釈放後、政治活動からは距離を置き、作家としての道を歩み始めたマフマルバフは、1981年に脚本家として映画界に足を踏み入れました。そして1983年、『Tawba Nasuh』で遂に監督デビューを果たします。初期の作品には、自身の政治的な背景や社会的な問題意識が色濃く反映されたものが多く見られます。例えば、革命以前の政治活動を題材にしたとされる『ボイコット』（1985年）や、社会の歪みを描いた『サイクリスト』（1989年）などがあります。

映画製作のみならず、彼は映画に関わる次世代の育成にも尽力しました。1996年には、映画人のための教育機関である「マフマルバフ・フィルム・ハウス」を設立しています。また、人道支援にも積極的で、特にアフガニスタンの難民キャンプに暮らす子供たちのための識字・衛生教育や、アフガスタン国内での学校建設などを熱心に支援しています。彼の思想や活動は、2001年に日本でも出版された著作『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』を通じて多くの読者に知られることとなりました。

イラン政府による厳しい映画検閲に対し、マフマルバフは批判的な姿勢を貫きました。その結果、2005年の大統領選挙後にイランを離れることを余儀なくされ、2009年の大統領選挙以降はフランスのパリを主な拠点として活動しています。彼は、イラン国外に移ってからの約10年間で、イラン政府関係者によるとされる暗殺の試みが4度あったと自身のウェブサイトなどで述べています。

彼の作風は多岐にわたりますが、一貫して個人と社会・政治的環境との関係性に深く焦点を当てています。初期のリアリズムや社会派的な傾向に加え、1991年の『愛の時間』以降は、より詩的でロマン主義的な表現を取り入れた作品も手掛けるようになりました。『ギャベ』（1996年）や『サイレンス』（1998年）、そして国際的な注目を集めた『カンダハール』（2001年）などがその例です。

マフマルバフ家は「映画一家」として知られています。妻のマルズィエ・メシュキニは夫の作品で助監督を務めるほか、自身の監督作品も発表しています。長女のサミラ・マフマルバフ、次女のハナ・マフマルバフもそれぞれ映画監督として活躍し、長男のメイサム・マフマルバフはプロデューサーなどを務めています。モフセンが監督する作品では家族全員が製作に協力しますが、家族が監督する作品にはモフセンは一切関わらないという独特のスタイルを貫いているといいます。

国際的な評価も非常に高く、彼の作品は世界各国の映画祭で数多くの賞を受賞しています。代表的なものには、『サイクリスト』でのリミニ国際映画祭最優秀作品賞やハワイ国際映画祭最優秀作品賞、『ワンス・アポン・ア・タイム、シネマ』でのカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭審査員特別賞、『ギャベ』での東京国際映画祭最優秀芸術貢献賞、『サイレンス』でのヴェネツィア国際映画祭上院議員長金メダル賞、『カンダハール』でのカンヌ国際映画祭エキュメニック賞などがあります。近年も、『庭師』（2012年）や『独裁者と小さな孫』（2014年）といった作品を発表し続け、その創作意欲は衰えていません。彼の映画は、イランの歴史や文化、そして普遍的な人間の状況を描き出し、世界中の観客に深い感銘を与えています。

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