モロ・キャッスル号火災事故

モロ・キャッスル号炎上事故

1934年 9月8日、アメリカ合衆国ニュージャージー州、アズベリー・パーク沖の大西洋で、クルーズ客船「モロ・キャッスル号」（SS Morro Castle）が炎上し、多数の犠牲者を出した悲劇的な海難事故です。

モロ・キャッスル号とは

モロ・キャッスル号は、事故の約4年前にアメリカ政府の財政支援を受けて建造されました。ニューヨークとキューバを結ぶ航路を運航するウォード・ライン社によって建造され、郵便船としての役割も担っていましたが、実質的には当時の禁酒法時代のアメリカから、海外での飲酒を目的とするクルーズ船として利用されることも多い船でした。
全長約162メートル、総トン数1万1520トンの規模を持ち、乗客530名、乗組員220名を収容可能でした。

事故に至る前触れ

事故に先行して、船内ではいくつかの不穏な出来事が発生していました。事故発生の約1ヶ月半前、船長が体調不良を訴え、薬物中毒の疑いが指摘されました。さらに約1ヶ月前には船倉で火災が発生し、船長はこれが自身を狙ったものだと考えるようになります。この疑念から、船長は事故前日の夜まで自室に閉じこもり、外部との連絡を電話で行っていました。
事故前日の9月7日夜、荒天の中での航行について進言するために船長室を訪れた一等航海士は、船長が浴槽内で死亡しているのを発見しました。死因は心不全とされましたが、詳細は不明でした。このため、一等航海士が急遽、船長代理として指揮を執ることになります。

火災発生と船内の混乱

日付が変わった9月8日午前2時50分頃、船内の船客執筆室のロッカーから出火しているのが発見されました。船員たちは消火を試みましたが、消火器では鎮火できず、消火栓はボイラー故障のため使用できませんでした。荒天による強風と、耐火処理がされていない内装材によって、火災は急速に船全体に燃え広がりました。
火災により電気系統が麻痺し、船客執筆室にあった火薬が爆発するなど、船内はパニック状態に陥りました。火災発見からわずか31分後、午前3時21分に船長代理は機関停止と総員退船を命令しましたが、多くの船員は船客を置き去りにして救命ボートで脱出を図りました。取り残された船客は混乱し、窓から海に飛び込む者も多数いました。午前3時23分、船は救難信号（SOS）を発信しました。

決死の救助活動

救助活動は難航しました。アメリカ沿岸警備隊は巡視船が現場から離れていたり、通信不備があったりして初動が遅れましたが、沿岸部の部隊や、州知事の指示による州兵や陸軍機、地元警察・消防が懸命な救助・捜索活動にあたりました。
民間では、SOSを受けて現場に駆けつけた商船のうち、アンドレア・ルッケンバッハ号、シティー・オブ・サバンナ号、モナーク・オブ・バーミューダ号の3隻が合わせて162人の生存者を救助しました。アズベリー・パークの住民たちも数千人規模で、所有する船や車、自宅を動員して救助・支援活動を行いましたが、この中で救助にあたっていた住民1名が溺死するという二次災害も発生しました。

事故の結末と法廷へ

この事故でモロ・キャッスル号は全損となり、乗員乗客549人のうち135人が死亡しました。犠牲者の多くは船客であり、全乗客の約29％にあたります。船員の一部が船客優先の原則を無視して脱出したことや、安全基準違反が問題視され、船長代理の一等航海士、機関長、会社の副社長および会社自体が起訴されました。
1936年 1月の裁判では、一等航海士と機関長に有罪判決が下されましたが、会社側の控訴の結果、最終的には消火・避難訓練の不備は既に死亡した船長の責任とされ、機関長の行動も違法ではないと判断され、両名は無罪となりました。会社は民事訴訟を避けるため示談金を支払い、多額の保険金を受け取りました。

未解明の火災原因と疑惑

事故後、FBIは現場検証を行いましたが、出火原因を特定できませんでした。翌年、船体がスクラップとして解体されたことで、真相究明の機会は失われます。また、火災で白骨化した船長の遺体も早々に埋葬され、死因特定の可能性もなくなりました。

事故から数年後、ニュージャージー州で発生した別の爆破事件の容疑者として逮捕された元警察官「A」が、かつてモロ・キャッスル号の通信長だったことが判明します。さらに、Aが爆破事件の前に「自分がモロ・キャッスル号に放火した」と語っていたことが明らかになりました。
この証言を受け、重傷から回復した担当警部が独自に調査を進めました。警部は、Aの複雑な背景と状況証拠から、彼が船長の死にも関与し、さらに船客執筆室のロッカーに硫酸を仕込んだ万年筆を置き、それが腐食して可燃物に接触・発火したのではないか、と推察しました。Aは爆破事件で服役後、別の事件で逮捕され、獄中で生涯を終えましたが、モロ・キャッスル号に関する関与について公式に罪を問われることはありませんでした。

モロ・キャッスル号炎上事故は、多くの命が失われ、その出火原因には未解決の謎と疑惑を残したまま、公式には現在も「海難事故」として記録されています。

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