ヤルダバオート

ヤルダバオート (Jaldabaoth)

ヤルダバオートは、グノーシス主義において、この世界を創造したとされる「偽の神」の固有名です。ユダヤ教やキリスト教の要素を取り入れつつ、独自の解釈が加えられています。プラトンの著作『ティマイオス』に登場する造物主デーミウールゴスの名としても用いられることがあります。ヤルダバオトと表記されることもあります。

概説

『ナグ・ハマディ写本』に収録された『この世の起源について』などの文書において、ヤルダバオートは傲慢で無知な存在として描かれています。彼はこの世の創造者であると同時に、その不完全さや悪の根源ともみなされています。グノーシス主義では、旧約聖書に登場する唯一神ヤハウェと同一視されることがあり、またサバオトの父であるとも考えられています。

旧約聖書では神の唯一性が強調されていますが、グノーシス主義ではこれをヤルダバオートの蒙昧さ、傲慢さの表れであると解釈します。彼が世界を創造した際、不完全な存在しか生み出せなかったのは、その無知ゆえであると考えられています。

名前の起源

「ヤルダバオート」という名前の由来には、複数の説が存在します。有力な説の一つは、ヘブライ語で「混沌の息子」を意味する単語が変化したというものです。しかし、『この世の起源について』などの文書からは、シリア語に起源がある可能性も示唆されています。このように、名前の語源については、確定的な結論は出ておらず、未だに謎に包まれています。

グノーシス主義におけるヤルダバオートは、物質世界と霊的な世界を二元的に捉え、物質世界は悪であり、その創造主であるヤルダバオートも悪であるという思想を体現しています。この思想は、当時の宗教観や世界観に大きな影響を与え、後世の様々な思想や文学にもその痕跡を残しています。ヤルダバオートは、単なる神話的な存在ではなく、人間の存在や世界の構造に対する深い問いかけを内包した概念であると言えるでしょう。

ヤルダバオートという存在は、人間の内面にも潜む傲慢さや無知を象徴しているとも解釈できます。自身の内なるヤルダバオートを認識し、そこから解放されることが、グノーシス主義的な救済への道であるとも考えられます。この複雑で多面的な概念は、現代においても私たちに多くの示唆を与え続けています。

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