ナグ・ハマディ写本

ナグ・ハマディ写本とは

ナグ・ハマディ写本は、1945年にエジプトのナグ・ハマディ近郊で発見された、初期キリスト教に関する重要な文書群です。この発見は20世紀最大の考古学的発見の一つとされ、初期キリスト教、特にグノーシス主義の研究を飛躍的に進展させました。死海写本に匹敵する重要性を持つとされ、当時の宗教思想を理解するための貴重な一次資料となっています。

発見の経緯

この写本は、農夫ムハンマド・アリ・アル・サマンによって偶然発見されました。彼はジャバル・アッターリフ山麓で肥料用の土を採取中、素焼きの壷を発見。その中から、パピルスでできた13冊の写本が出てきました。これらの写本は、当初は価値が理解されず、一部は薪として燃やされたり、物々交換の対象となったりしました。

写本の構成と内容

ナグ・ハマディ写本は、12冊の写本（コーデックス）と、13冊目の写本から破られた断片、6冊目の裏表紙に挟まれていた断片から構成されています。これらの写本はコプト語で書かれており、その多くはギリシャ語からの翻訳と考えられています。内容としては、グノーシス主義の教えに関するものが中心ですが、ヘルメス思想やプラトンの『国家』の抄訳も含まれています。

グノーシス主義と写本

ナグ・ハマディ写本の発見以前、グノーシス派に関する資料は、正統派キリスト教の教父たちによる批判的な記述に限られていました。そのため、グノーシス主義の実態は歪曲されていた可能性があります。しかし、ナグ・ハマディ写本の発見によって、グノーシス派自身の思想を直接知ることができるようになり、グノーシス主義研究は大きく進展しました。

主要な文書

写本の中でも特に有名なのは、『トマスによる福音書』です。これは新約聖書外典の一つで、イエスの言葉をまとめた語録集です。この福音書の完全な写本は、ナグ・ハマディ写本が唯一のものであり、初期キリスト教におけるイエスの教えを考察する上で非常に重要な資料となっています。また、写本には『真理の福音』、『エジプト人福音書』など、他のグノーシス主義的な福音書や文書が含まれており、初期キリスト教における多様な信仰形態を知る上で貴重な情報を提供しています。

写本の年代

写本の筆写年代は、4世紀の後半（西暦350～400年頃）と推定されています。これは、写本の字体や装丁から判断されています。しかし、写本に収録されている各文書の原本の成立時期は、それよりも古いと考えられています。写本が土中に埋められたのは4世紀よりも前と推測されています。

発見後の経緯と研究

写本発見後、その価値は徐々に認識され、研究が進められました。当初、写本の一部は不当な取引によって国外に流出しそうになりましたが、最終的にはエジプトのコプト博物館に収蔵されました。研究者たちの尽力によって、ファクシミリ版や翻訳版が刊行され、現在では世界中の研究者がナグ・ハマディ写本を研究しています。

写本の内容詳細

写本には全部で52編の作品が収められていますが、そのうち6編は同じものを写したものです。また、写本が発見される以前にギリシャ語版やラテン語訳、コプト語訳で見つかっていたものもあります。新たに知られるようになった作品は40編です。各コーデックス（写本）には、それぞれ異なる文書が収録されており、グノーシス主義の神話、教義、倫理、宇宙論など、多岐にわたるテーマを扱っています。

コーデックスの内容

各コーデックス（写本）には以下のような文書が含まれています。

コーデックスI: ユング・コーデックスとも呼ばれ、真理の福音、ヨハネのアポクリュフォンなどが含まれています。
コーデックスII: トマスによる福音書、ピリポによる福音書などが含まれています。
コーデックスIII: エジプト人の福音書、聖なるエウグノストスの手紙などが含まれています。
コーデックスIV: ヨハネのアポクリュフォン、エジプト人の福音書などが含まれています。
コーデックスV: 聖なるエウグノストスの手紙、ペテロの黙示録などが含まれています。
コーデックスVI: プラトンの国家、セクストスの金言などが含まれています。
コーデックスVII: パルスのパラフレーズ、シルヴァノスの教えなどが含まれています。
コーデックスVIII: 「ゾストリアノス」
コーデックスIX: メルキゼデク、ノレアの思考などが含まれています。
コーデックスX: マルサネス、アロゲネスなどが含まれています。
コーデックスXI: 聖書解釈、思想断章などが含まれています。
コーデックスXII: セクストスの金言、真理の福音などが含まれています。
* コーデックスXIII: 三原質、この世の起源についてなどが含まれています。

ナグ・ハマディ写本の重要性

ナグ・ハマディ写本は、初期キリスト教の多様性を明らかにし、グノーシス主義という異端思想を深く理解するための重要な資料です。これらの文書は、イエス・キリストの教えや初期キリスト教の神学的な発展に関する従来の解釈に疑問を投げかけ、新たな視点を提供しました。その発見は、宗教史、哲学史、文化史の研究に大きな影響を与え、現代においてもその重要性は失われていません。

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