ヤード条例

ヤード条例は、自動車の盗難に関わる犯罪を抑制し、地域社会の安全を守るために、地方自治体によって制定されている条例です。この条例が対象とする「ヤード」とは、廃車となった中古車を保管したり解体したりする事業所のことを指します。こうした場所が、残念ながら盗まれた自動車の解体や不正な流通の拠点となりやすい状況があることから、その適正な管理を促す目的で導入されました。

日本において、自動車解体業を営むには、使用済自動車の再資源化等に関する法律（通称：自動車リサイクル法）に基づき、都道府県知事の許可が必要です。しかし、この許可制度とは別に、さらに踏み込んだ形でヤードにおける具体的な活動を規制するのがヤード条例の役割です。

条例制定の経緯

ヤード条例が日本で初めて施行されたのは、2015年4月1日に千葉県においてでした。千葉県は、全国的に見ても自動車関連のヤードが多い地域であり、自動車盗難への対策が喫緊の課題となっていたことが、条例制定の大きな理由の一つとされています。初期のヤード条例では、ヤード事業を営む者に対し、事業開始の届け出義務、取り扱った自動車や部品に関する詳細な取引記録の作成・保管義務などが課されました。また、警察官がヤード内に立ち入って検査を行う権限が強化され、条例に違反した事業者に対しては是正命令が出され、これに従わない場合には罰則が科される規定が設けられました。これらの規制は、ヤードの実態を把握し、不正な取引が行われていないかを監視するためのものです。ヤード条例に基づく取締りは、原則として各都道府県警察が管轄しています。

課題と規制逃れの実態

ヤード条例の施行により一定の効果は見られるものの、その抜け穴を突く不法行為は依然として存在します。初期の条例には、四輪自動車のみを規制対象とし、オートバイや建設機械などの重機類が含まれていないケースがありました。このため、規制の対象外である重機などが盗まれ、ヤードを経由して不正に取引される事件が発生しています。

また、ヤード条例が都道府県などの地方自治体ごとの条例であることも、課題の一つです。一部の悪質な事業者は、条例が制定されていない近隣の自治体へヤードを移転させることで、規制から逃れようとします。これは、自動車排出ガス規制におけるディーゼル車規制条例の際に、規制地域外で車庫証明を取得する「車庫飛ばし」と類似した手口と言えます。

こうした規制逃れの具体的な事例として、2019年にヤード条例を施行した愛知県で、県内の事業者がヤードを条例未制定であった隣接する三重県へ移転させたケースがあります。この結果、愛知県境に近い三重県木曽岬町にヤードが急増し、騒音や不法投棄による生活環境の悪化が地域住民の間で問題となりました。事態を重く見た三重県は、愛知県からのヤード流入を規制するため、2021年に独自のヤード条例を制定せざるを得なくなりました。

三重県の条例では、従来のヤードだけでなく、自動車の解体や中古車輸出に関わる業者全体を規制対象に含めるなど、より広範かつ強力な内容となっているのが特徴です。このような規制逃れを防ぎ、実効性を高めるため、愛知県を含め、他の自治体でも条例の対象拡大や罰則強化といった改正が随時行われています。

広がる条例施行の動き

都道府県レベルだけでなく、地域住民の生活環境を守る観点から、市町村でもヤード条例が制定される動きが出ています。三重県で発生した問題と同様に、兵庫県三木市でも、ヤードに起因する騒音公害や、廃油などの不法投棄による土壌汚染・水質汚濁が発覚しました。これを受け、三木市は千葉県に次いで、市町村としては初めてヤードの適正化に関する条例を制定し、2016年7月1日に施行しました。同日には、茨城県坂東市でも同様の条例が施行されています。

現在、ヤード条例を制定している主な自治体は以下の通りです。

都道府県: 千葉県、茨城県、愛知県、埼玉県、三重県
市町村: 兵庫県三木市、茨城県坂東市

ヤード条例は、自動車盗難という犯罪の根源を断つ対策としてだけでなく、無秩序なヤードの存在が引き起こす騒音、悪臭、不法投棄といった地域環境問題への対応としても重要な役割を担っています。今後も、法の抜け道を防ぎ、実効性を高めるための議論と条例の改善が続けられることが期待されます。

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