ユゲット・ドレフュス

ユゲット・ドレフュス（Huguette Dreyfus, 1928年11月30日 - 2016年5月17日）は、フランスのアルザス地方に生まれた、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活躍した傑出したチェンバロ奏者であり教育者です。特に古楽の分野において、その演奏と後進の指導を通じて大きな影響を与えました。

彼女の音楽の旅は、わずか4歳でピアノの学習から始まり、後に高名なラザール・レヴィに師事するなど、確かな基礎を築きました。1950年のバッハ没後200周年には、パリ国立高等音楽院でピアニストのノルベール・デュフォルクによるバッハ作品解釈の特別講座を受講。この学びは、その後の彼女の音楽観に深く影響を与え、さらに4年間、同音楽院に在籍し、学識を深めました。

ピアノ学習を続ける傍ら、ユゲット・ドレフュスはイタリアのキジアーナ音楽院にて、チェンバロの道を究めることになります。そこで彼女は、チェンバロ復興の先駆者であるワンダ・ランドフスカの門弟、ルッジェーロ・ジェルリンに師事し、この古楽器の魅力に開眼しました。この専門化への道は、1960年のジェノヴァ国際チェンバロ・コンクールでの優勝という輝かしい成果として実を結びます。この優勝を機に、彼女はチェンバロ奏者として国際的なキャリアを本格化させ、特にルネサンス音楽や、フランス・クラヴサン楽派（クープラン、ラモーなど）の作品の演奏と普及における第一人者としての地位を確立しました。

ドレフュスの貢献は演奏活動にとどまらず、優れた教育者としても後進の育成に情熱を注ぎました。パリのスコラ・カントルム、ソルボンヌ大学、リヨン国立高等音楽院といったフランスの主要な音楽教育機関で教鞭を執り、多くの若い才能を育て上げました。また、エクス＝アン＝プロヴァンス近郊のサン＝マクシマン＝ラ＝サント＝ボームやヴィルクローズで開催された国際古楽アカデミーでも、オルガンや古楽の指導にあたりました。彼女の薫陶を受けた門下生の中には、クリストフ・ルセやオリヴィエ・ボーモンといった、現代の古楽器界を代表する重要な演奏家たちが名を連ねています。パリ国際チェンバロ・コンクールなど、権威あるコンクールの審査員としても、次世代の育成と評価に貢献しました。

彼女の演奏活動は、数多くのコンサートやマスタークラスを通じて広く行われたほか、多彩な共演者との録音でも多くの功績を残しました。エドゥアルト・メルクス（バロック・ヴァイオリン）、クリスティアン・ラルデ（フルート）、ルチアーノ・スグリッツィ（チェンバロ）、ルイージ・フェルディナンド・タリアヴィーニ（オルガン）といった古楽界の著名な音楽家だけでなく、現代音楽の巨匠ピエール・ブーレーズ（指揮者）や、アンドラーシュ・アドリヤン、ジャン＝ピエール・ランパルといった国際的に活躍したフルート奏者など、幅広い分野の音楽家たちと共演しました。これらの活動は、彼女の音楽的な柔軟性と影響力の広がりを示しています。

ユゲット・ドレフュスが演奏に愛用した楽器は、ドイツの優れた楽器製作家ヨハン・ハインリヒ・エムシュによって製作されたチェンバロの精巧なレプリカでした。エムシュの作品は、18世紀のパリで活躍したブランシェのような歴史的な名匠によるクラヴサンと比較されるほど質の高いことで知られており、ドレフュスの表現豊かな演奏を支えました。

フランス、ミュルーズに生を受け、パリでその生涯を閉じたユゲット・ドレフュス。彼女が生涯をかけて取り組んだ古楽の探求、演奏、そして教育への貢献は計り知れません。フランス国内はもとより、世界の古楽界において、彼女の存在は今なお深く記憶されています。

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