ヨセフとポティファルの妻 (ティントレット)

ヤコポ・ティントレットの「ヨセフとポティファルの妻」は、16世紀中頃の油彩画であり、旧約聖書「創世記」に記された物語を描いています。この作品は、ティントレットがヴェネツィアで活動していた時期に制作され、同時期には「ウルカヌスに驚かされるヴィーナスとマルス」や「レダと白鳥」といった作品も手掛けられました。

物語の背景には、エジプトに奴隷として売られたヨセフが、ポティファルという高官に仕えることになった経緯があります。ポティファルの妻はヨセフの美貌に心を奪われ、彼を誘惑しようとします。しかし、ヨセフは彼女の誘いを拒絶し、その結果、彼女の怒りを買い、無実の罪で投獄されてしまうという悲劇が描かれています。

絵画は、この物語の最もドラマティックな瞬間を捉えています。ポティファルの妻がヨセフの服を掴み、必死に引き留めようとする様子が、ティントレット特有のダイナミックな筆致で表現されています。画面全体に緊張感が漲り、見る者に強い印象を与えます。色彩は豊かで、特にポティファルの妻の衣装の鮮やかさが目を引きます。ヨセフの表情には、無実の罪に対する戸惑いと、誘惑を拒んだことへの強い意志が感じられます。

この絵画は、ディエゴ・ベラスケスがスペイン国王フェリペ4世のために購入したという経緯を持っています。ベラスケスは、ティントレットの作品を高く評価しており、この絵画を含む旧約聖書を題材にした他の５点の絵画を、自身のコレクションに加えました。これらの作品は、現在いずれもプラド美術館に所蔵されています。また、作品の構図や視点から、当初は天井画として飾られていた可能性も指摘されています。鑑賞者を下から見上げるような視点が、その説を裏付けています。

ティントレットの「ヨセフとポティファルの妻」は、旧約聖書の物語を絵画として視覚化しただけでなく、そのドラマティックな瞬間を捉えた傑作として、美術史において重要な位置を占めています。また、ベラスケスがスペインに持ち帰ったことで、その後のスペイン美術にも大きな影響を与えたと考えられています。この作品は、プラド美術館で今も多くの人々を魅了し続けています。

もう一度検索