ヨハン・ゲオルク・ハーマン

ヨハン・ゲオルク・ハーマン：北方の博士、その生涯と思想

ヨハン・ゲオルク・ハーマン（1730年-1788年）は、18世紀ドイツを代表する哲学者・文学者の一人です。ケーニヒスベルク生まれの彼は、難解にして独特な文体から「北方の博士」あるいは「北方の魔術師」の異名で知られています。合理主義や啓蒙思想が台頭する時代において、ハーマンは感性と信仰を重視する独自の哲学を展開し、同郷にして親友であった哲学者イマヌエル・カントに影響を与えただけでなく、激しい批判を浴びせる存在でもありました。また、同じく東プロイセン出身の作家ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーを発掘した人物としても有名です。

生い立ちと初期の思想

ハーマンはケーニヒスベルクで外科医の息子として生まれました。両親は教育熱心で、幼少期からフランス語、ギリシャ語、絵画、音楽など幅広い教育を受けました。しかし、教師の力量不足から、語学教育は必ずしも適切とは言えず、このことが後の彼の難解な文体の形成に影響を与えたと言われています。

1746年、彼はアルベルトゥス大学ケーニヒスベルクに入学し、神学生として哲学や物理学を学びました。指導教授であったクヌッツェンは、カントにもニュートン物理学を教えた人物であり、この繋がりからカントとハーマンの親交が始まりました。当時のケーニヒスベルクは敬虔主義（ピエティスムス）が盛んであり、クヌッツェンは敬虔主義と啓蒙思想の調和を目指していました。ハーマンの思想にも、この敬虔主義的な影響が色濃く見られます。彼の哲学の中核をなす「神へのへりくだり」という概念も、クヌッツェンの思想に直接的な淵源を持っています。

しかし、ハーマンに最も大きな影響を与えたのは、イギリス哲学を講じていたカール・ハインリヒ・ラポルトでした。ラポルトは啓蒙思想に傾倒しており、イギリスやフランスの哲学を学生たちに紹介しました。ハーマンはラポルトの講義を通して神学から離れ、詩学、文献学、芸術、美学などに興味を持つようになりました。特にフランス思想への憧れは強かったようです。学生時代には友人たちと雑誌「ダフネ」を発行し、道徳、宗教、社会問題などを論じていました。この頃のハーマンには、まだ反啓蒙的な傾向は明確には見られません。

ロンドンでの回心

1752年、大学を中退したハーマンは友人のベーレンスの計らいで、リガのベーレンス商会に就職しました。ベーレンスはハーマンに実用的な学問を身につかせようとしましたが、実際にはハーマンは商会の経済理論を研究する立場にありました。彼の英語とフランス語の能力を買われ、ハーマンは1756年、貿易や外交の仕事でロンドンへ派遣されました。

ロンドンでの生活は、ハーマンにとって厳しいものでした。言語や文化の違い、社会階層の現実、そして仕事の失敗は、彼を深い絶望に突き落としました。彼は堕落した生活に身を任せ、金銭を使い果たしてどん底にまで陥りました。

しかし、1758年3月13日、ハーマンは聖書を読み、深い信仰へと至る「回心」を経験しました。聖書との出会いは、彼の人生を根本から変えました。自己中心的な理性への過信から解放され、神の啓示とキリスト教信仰に目覚めたのです。このロンドンでの経験は「ロンドンでの回心」と呼ばれ、彼の思想形成に決定的な転換をもたらしました。

1758年7月、ハーマンはロンドンを離れリガへ戻りました。ベーレンス商会は彼を受け入れ、ハーマンは職務に就きましたが、以前とは明らかに変わった態度を見せていました。

ケーニヒスベルクのソクラテス

1759年、ハーマンはベーレンスの姉に求婚しますが拒否され、商会を辞めてケーニヒスベルクへ帰郷しました。ベーレンスはカントに協力を求めてハーマンを説得しようとしましたが、ハーマンはキリスト者としての信仰生活を優先し、啓蒙専制君主による国家支配への抵抗を示しました。この頃のハーマンの思想を代表するのが、彼の代表作の一つである「ソクラテス回想録」です。

晩年

ハーマンはその後も著作を続け、独自の哲学を展開し続けました。彼の難解な文章は理解しにくい面もありますが、その思想は現代においても多くの研究者によって注目され続けています。彼の生涯は、合理主義や啓蒙思想への批判、信仰と感性の哲学、そして人間存在の根源的な問いへの探求に貫かれたものでした。彼の思想は、現代の私たちにとっても、深く考えさせられる多くの示唆を与えてくれます。

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