ヨンドの魔物たち

クラーク・アシュトン・スミスの短編小説『ヨンドの魔物たち』（原題：The Abominations of Yondo）は、1926年4月に雑誌『The Overland Monthly』に掲載された作品です。詩作などで知られていたスミスが、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトとの文通をきっかけに幻想小説の創作を始め、その第一号として発表された記念すべき物語です。この作品を皮切りに、スミスは1929年から1935年にかけて、約80編にも及ぶ多様な幻想的な物語を精力的に発表していくことになります。本作は後に、1960年にアーカムハウスから刊行された短編集の表題作ともなりました。

作品解説

物語の舞台は、世界の果てにも等しい不毛の地「ヨンド」の荒野です。この砂漠には神はおらず、恐ろしい魔物だけが徘徊しています。自らの意思でこの忌まわしい土地に近づく者は、ほとんどいません。異国から訪れた「私」は、不注意からこの地を支配する獅子頭の神オングに仕える異端審問官たちに捕らえられます。異教徒である「私」の教えは彼らの憎悪を煽り、「私」は激しい責め苦を受けた挙句、ヨンドの荒野へと置き去りにされます。異端審問官たちは「自由だ、好きなところへ行くといい」と告げて立ち去りますが、ヨンドは魔物たちの巣窟でした。「私」は広大な砂漠をさまよい、想像を絶するおぞましい怪物たちと次々と遭遇します。極限の恐怖に耐えきれなくなり、「私」はヨンドから逃げ出すことを決意しますが、皮肉にもその逃走の果ては、悪意をもって自らの帰還を待つ異端審問官たちの元だったのです。

主な登場人物と魔物たち

「私」：異国からヨンドを訪れた異教徒で、物語の語り手。異端審問官に捕らえられ、ヨンドの荒野へ追放される。
獅子頭のオング：この地を支配する神とされ、従者を従えている。
異端審問官：オングに仕える司祭たち。「私」を捕らえ、ヨンドへ追放する。
ヨンドの魔物たち：荒野をさまよう「私」が遭遇する、おぞましい存在たち。
洞窟の怪物: 目がなく、尖った耳と口にかぶさるように垂れた鼻を持つ。無毛で卵型の体から9本の脚が伸び、不気味な含み笑いを発する。後にTRPGで「赤足のワンプ」と関連付けられる。
ビーナス: 下半身が砂に埋まり、苦悶の悲鳴を上げる。触れると石化させるが、離れると再び悲鳴を上げる。
不気味な影: 5本足か、4本足と尾を持つシルエット。常に一定距離を保ちながらつきまとう。
鎖帷子の男: 意思を持ってさまよう鎧。
* 古代の王のミイラ: リッチのような存在。頭部に寄生する黒い何かに操られている。

「赤足のワンプ」との関連

本作の「洞窟の怪物」は、H.P.ラヴクラフトの『未知なるカダスを夢に求めて』に登場する「赤足のワンプ」と関連づけられることがあります。ワンプはグールと同様に墓地で死体を漁りますが、餌が重複するためグールはワンプを避けます。TRPG版では、『ヨンドの魔物たち』の魔物がワンプの説明に引用され、「足の先端には赤いまだら模様がある」といった情報が追加されています。

収録情報

日本語訳は、ナイトランド叢書『魔術師の帝国2 ハイパーボリア篇』（安田均訳）に収録されています。

まとめ

『ヨンドの魔物たち』は、スミスが幻想文学の世界に足を踏み入れた初期の代表作の一つです。世界の僻地を舞台に、追放された主人公が遭遇する異形の存在たちの描写を通じて、読者を極限の恐怖と逃げ場のない絶望へと引き込みます。特に、ヨンドに棲む魔物たちのグロテスクでユニークな造形は、スミスならではの豊かな想像力と恐怖表現を示す好例です。

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