ヨーガ・スートラ

ヨーガ・スートラ：ヨーガ哲学の根幹をなす経典

『ヨーガ・スートラ』は、古代インドのヨーガ哲学における重要な聖典であり、ヨーガの実践と理論の基礎を体系的に解説したものです。一般にはパタンジャリによって編纂されたと伝えられていますが、その人物像や成立過程については未だ不明な点が多く残されています。成立時期は4世紀から5世紀頃と考えられています。

現代では、アーサナを中心としたヨーガが広く知られていますが、『ヨーガ・スートラ』には、そのような動的な要素は含まれていません。しかし、現代ヨーガにおいても、その哲学的な背景を理解するための基本文献として、重要な位置を占めています。

概要

『ヨーガ・スートラ』は、ヨーガ学派の聖典であると同時に、6世紀頃までのヨーガ思想の集大成としての役割も担っています。ヨーガの定義を「心の働きの止滅（ニローダ）」と定め、その実現のための具体的な方法論と哲学的な考察が展開されています。ヨーガ哲学は、サーンキヤ学派の思想に多くを依拠しており、両者は合わせて「サーンキヤ・ヨーガ」学派と呼ばれることもあります。しかし、ヨーガ学派は、サーンキヤ学派とは異なり、自在神（最高神）イーシュヴァラの存在を認め、独自の理論を展開しています。

三昧（サマーディ）に至るための方法として、苦行、スヴァディアーヤ（読誦と研究）、イーシュヴァラ・プラニダーナ（自在神への祈念）という3つの要素を重視し、これらを総称してクリヤーヨーガ（行為のヨーガ）と呼びます。さらに、クリヤーヨーガを具体的に実践するための方法として、八支ヨーガ（ヨーガの八部門）が詳細に解説されています。また、三昧の段階や、それに関連する思想についても言及されており、特に三昧に関する記述には、仏教思想の影響が色濃く見られます。

ヨーガ学派は、人間の存在を苦と捉え、ヨーガの実践によって得られる智慧によって、苦からの解放を目指します。その悟りの状態とは、プルシャ（純粋精神）とプラクリティ（根本物質）という、世界を構成する二つの原理の関係が断たれ、それぞれが安定した状態に戻ることを指します。心の動揺をなくし、両者の混同を防ぐために、ヨーガの実践が不可欠であると説きます。

構成

『ヨーガ・スートラ』は、全4章195節から構成されています。

第1章：三昧の章 - ヨーガの目的である三昧について解説します。
第2章：達成の手段（実修）の章 - ヨーガの実践方法であるクリヤーヨーガと八支ヨーガについて解説します。
第3章：超自然（自在）の章 - ヨーガの実践によって得られる超能力（シッディ）について解説します。
第4章：独存の章 - 解脱に至る道筋と、解脱後の状態について解説します。

ヨーガアンガ（八支ヨーガ）

ヨーガアンガとは、ヨーガを実践するための8つの要素を指します。アシュターンガ・ヨーガとも呼ばれます。

1. ヤマ（制戒）: 非暴力、正直、不盗、不淫、不貪の5つの道徳的制約。
2. ニヤマ（内制）: 清浄、満足、苦行、学習、神への献身の5つの自己修養。
3. アーサナ（座法）: 快適で安定した姿勢を保つこと。
4. プラーナーヤーマ（調息）: 呼吸を制御し、生命エネルギーを調整すること。
5. プラティヤハーラ（制感）: 感覚を内側に向け、外界からの影響を遮断すること。
6. ダーラナ（凝念）: 意識を一点に集中させること。
7. ディヤーナ（静慮）: 集中を持続させ、瞑想を深めること。
8. サマーディ（三昧）: 意識が対象と一体化し、至高の境地に達すること。

シッディ（超能力）

ヨーガの実践を深めることで、様々な超能力（シッディ）が得られるとされています。ただし、『ヨーガ・スートラ』では、シッディは最終目標ではなく、解脱への障害となりうるとも説かれています。

歴史と影響

『ヨーガ・スートラ』は、19世紀以降、西洋社会に紹介され、現代ヨーガの発展に大きな影響を与えました。ネオ・ヒンドゥーイズムの潮流の中で、ヨーガの古典として位置づけられ、多くのヨーガ実践者や研究者によって研究・解釈されています。

ただし、ヨーガ研究者の中には、『ヨーガ・スートラ』をヨーガの唯一の聖典とみなす見方に疑問を呈する者もいます。ヨーガの歴史は長く、多様な修行法が存在していたことを考慮する必要があるでしょう。

『ヨーガ・スートラ』は、イスラム世界にも翻訳され、スーフィズム思想に影響を与えました。また、日本語訳も多数存在し、日本においてもヨーガ哲学の重要な文献として親しまれています。

結論

『ヨーガ・スートラ』は、ヨーガ哲学の根幹をなす重要な経典です。その思想は、現代ヨーガの実践にも深く根ざしており、心の制御と解放を目指す全ての人々にとって、貴重な指針となるでしょう。

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