サーンキヤ学派

サーンキヤ学派：インド哲学における二元論の探求

サーンキヤ学派（Sāṅkhya-darśana）は、古代インドに起源を持つ哲学体系であり、現代においてもインド哲学六派の一つとして重要な位置を占めています。その核心は、世界を構成する二つの究極的実体、精神原理であるプルシャ（神我、自己）と物質原理であるプラクリティ（自性、原質）の存在にあります。この徹底した二元論は、世界の成り立ちを理解する上で独特な視点を提供しています。

サーンキヤという名称は、「数え上げる」「考え合わせる」といった意味を持ち、数論、数論派、数論学派などとも呼ばれています。この名称は、サーンキヤ哲学が、世界を構成する多様な要素を体系的に分類し、それらの関係性を論理的に考察するアプローチを採用していることに由来します。

歴史と文献

サーンキヤ思想の起源は古く、『マハーバーラタ』においては、知識による解脱への道を指す言葉として用いられていました。伝統的には、カピラを祖師、パンチャシカを弟子とする系譜が伝えられていますが、彼らの生涯に関する情報は断片的で伝説的な要素も含まれており、詳細は不明です。

しかし、サーンキヤ哲学の中核をなす二元論的宇宙観は、カピラ以前から存在していたと考えられています。『リグ・ヴェーダ』など古い文献にも、その萌芽が見られるとする説もあります。紀元前数世紀に成立したとされる『バガヴァッド・ギーター』にもサーンキヤ思想に関連する記述があり、その影響の広がりを示唆しています。

サーンキヤ思想は、初期においては多様な解釈や説が存在していました。3世紀頃、ヴァールシャガニヤによる『シャシュティ・タントラ』（六十科論）で体系化され、教義化されたと考えられていますが、この書は現存しておらず、その内容は他の文献からの言及によって推測されているのみです。

現存する最古のサーンキヤ文献は、4～5世紀頃にイーシュヴァラクリシュナによって著された『サーンキヤ・カーリカー（頌）』です。これは『シャシュティ・タントラ』の要約とされることもありますが、実際にはそれ以降の思想的発展も反映しています。『サーンキヤ・カーリカー』を含む、この時期までのサーンキヤ思想は「古典サーンキヤ」と呼ばれています。その後、15世紀頃に『サーンキヤ・スートラ』、16世紀頃に『タットヴァ・サマーサ』といった重要な文献が著されましたが、この時期にはヴェーダンタ学派が優勢になり、サーンキヤ学派は衰退しつつありました。16世紀後半には、ヴィジュニャーナビクシュが『プラヴァチャナ・バーシャ』（サーンキヤ・スートラの注釈書）を著し、ヴェーダンタに対抗するために有神論的な要素を取り入れる試みも見られました。

サーンキヤ哲学の中核：プルシャ、プラクリティ、そしてトリ・グナ

サーンキヤ学派の最も重要な概念は、プルシャとプラクリティの二元論です。プルシャは永遠不変の精神原理であり、一方プラクリティは物質世界の根源となる第一原因です。プラクリティは、サットヴァ（純質）、ラジャス（激質）、タマス（闇質）という三つのグナ（トリ・グナ）から構成され、これらのグナのバランスによって物質世界の様々な状態が生まれます。

プルシャの観照（意識）がプラクリティの平衡を破り、物質世界が展開していくとされます。プラクリティからブッディ（知性）、アハンカーラ（自我意識）、マナス（心）、五感覚器官、五行動器官、五微細要素（パンチャ・タンマートラ）、そして五大（地、水、火、風、空）といった様々な要素が段階的に生じます。これら25の原理を「二十五諦」と呼びます。

アハンカーラは、プラクリティから生じたブッディをプルシャと誤認することで、輪廻の苦しみが生じるとされます。プルシャは本来的には純粋で解脱した存在ですが、プラクリティとの結合によって輪廻に囚われます。解脱（カイヴァリヤ）とは、プルシャがプラクリティとの関わりを断ち、本来の清浄性を回復することです。そのためには、二十五諦を正しく理解し、ヨーガの修行によって自己認識を高めることが必要だとされています。

サーンキヤとヨーガ、そして日本の受容

サーンキヤ学派は、ヨーガ学派と密接な関係にあり、ヨーガの哲学的基礎を提供しています。ヨーガの修行は、サーンキヤ哲学の理解に基づいて行われるものであり、両者は互いに補完し合う関係にあります。

東アジアでは、「数論」として知られ、特に6世紀に真諦によって漢訳された『金七十論』（サーンキヤ・カーリカーの注釈書）を通じて伝えられました。日本では江戸時代から研究され、多くの注釈書が作成されました。夏目漱石は、サーンキヤ哲学に影響を受け、『草枕』において無関心、非情といったテーマを描き出しています。現代でも、サーンキヤ哲学はインド哲学研究の重要なテーマであり、多くの研究者によって研究が続けられています。

主要な研究者

日本のサーンキヤ研究においては、山口恵照、佐保田鶴治などの研究者が重要な貢献を果たしています。彼らの研究は、サーンキヤ哲学の理解を深める上で大きな役割を果たしています。 サーンキヤ学派の思想は、現代においても、自己と世界との関係、解脱への道といった普遍的なテーマを問いかける、貴重な哲学的遺産として存在し続けています。

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