ヨーゼフ・ロート

生涯

ヨーゼフ・ロートは1894年、オーストリア＝ハンガリー帝国領のガリツィア地方、現在のウクライナに位置するブロディで生まれました。ユダヤ系の家庭に育ち、幼少期から多様な民族が共存する環境で育ちました。彼はドイツ系のギムナジウムでドイツ語を学び、文学の才能を開花させました。

第一次世界大戦が勃発すると、ロートは志願して兵役に就きました。オーストリア陸軍の中尉として東部戦線で戦ったとされていますが、実際には報道班員として勤務していたようです。敗戦後、ウィーンでジャーナリストとしての活動を始め、社会主義系の新聞に寄稿しました。彼の記事は、社会問題を直接的に批判するのではなく、ユーモアを交えた観察が特徴的で「叙情的なフェユトニスト」と呼ばれました。

1920年代には、ベルリンに移り、複数の新聞で活躍しました。1922年には結婚しましたが、妻は後に精神を病み、入退院を繰り返すようになります。1923年からは、『フランクフルト新聞』の特派員としてヨーロッパ各地を巡り、紀行文やルポルタージュを執筆しました。この時期には、ナチス台頭の裏面を描いた小説『蜘蛛の巣』も発表しています。

1930年代に入ると、ロートは『ヨブ-ある平凡な男のロマン』や『ラデツキー行進曲』などの代表作を発表し、作家としての名声を確立しました。『ラデツキー行進曲』は、ハプスブルク帝国を舞台に、トロッタ家三代の歴史を描いた壮大な作品で、多民族国家の理念を謳いあげています。

亡命と晩年

ナチスの台頭により、1932年にロートはドイツを離れ、パリへと亡命しました。亡命生活は経済的に厳しく、友人のシュテファン・ツヴァイクに頼ることが多くありました。パリでは、他の亡命作家たちと共に反ナチ運動にも参加しました。しかし、故郷への郷愁と、ナチスの脅威が増大する状況に絶望感を深め、次第に飲酒癖を悪化させていきました。

ロートは、オーストリア＝ハンガリー帝国を理想の祖国と考えるようになり、帝国の再建を夢見て活動しました。1938年には、ドイツによるオーストリア併合に反対するためにウィーンへ行き、ハプスブルク家の再興を試みましたが、実現には至りませんでした。その後も、ハプスブルク王朝の再建を目指す活動を続けましたが、失意のうちにパリに戻りました。

1939年、ロートは深酒が原因で倒れ、パリの病院で44歳で亡くなりました。死の直前には、自伝的な小説『聖なる酔っぱらいの伝説』を執筆しました。この作品は、丸谷才一によって「現代の古典」と評されています。

ロートの死後、妻はナチスによって殺害されました。彼の作品は、第二次世界大戦後に再評価され、多くの読者に愛されています。

作品の特徴と評価

ヨーゼフ・ロートの作品は、その明晰な文体と物語性豊かな展開が特徴です。彼は、多民族が共存したオーストリア＝ハンガリー帝国への郷愁を抱きつつ、第一次世界大戦後の社会の混乱や人々の苦悩を描き出しました。彼の作品には、歴史的な背景と個人の運命が深く結びついており、読者に深い感動を与えます。

ロートは、故郷を失った人々の孤独や、時代に取り残された人々の悲哀を、繊細な筆致で表現しました。彼の作品は、「失われた世代」の文学として、今もなお重要な位置を占めています。シュテファン・ツヴァイクは、ロートの中に「カラマーゾフ的なロシア的人間、優雅なオーストリア的人間、古くからの智恵を秘めたユダヤ的人間がいる」と評しました。この言葉は、ロートの多面的な魅力をよく表していると言えるでしょう。

主な作品

蜘蛛の巣 (Das Spinnennetz, 1923)：ナチス台頭の裏側を描いた初期の作品。
サヴォイ・ホテル (Hotel Savoy, 1924)：東部戦線からの帰還兵たちを描いた作品。
果てしなき逃走 (Die Flucht ohne Ende, 1927)：ロシア革命を経験した男の放浪を描いた作品。
ヨブ-ある平凡な男のロマン (Hiob. Roman eines einfachen Mannes, 1930)：ユダヤ人教師一家の運命を描いた作品。
ラデツキー行進曲 (Radetzkymarsch, 1932)：ハプスブルク帝国の没落を描いた代表作。
聖なる酔っぱらいの伝説 (Die Legende vom heiligen Trinker, 1939)：死の直前に書かれた自伝的な小説。


ヨーゼフ・ロートは、その文学作品を通じて、激動の時代を生きた人々の心の葛藤を鮮やかに描き出しました。彼の作品は、時を超えて、私たちに人間の普遍的な感情を教えてくれます。

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