ラウドネス・ウォー

ラウドネス・ウォー（音圧戦争）とは

ラウドネス・ウォー（音圧戦争）とは、録音音楽における音量レベルの増加傾向を指す言葉です。この現象は、音楽の音質やリスナーの楽しみを損なうと批判されています。音量を上げる試みは、1940年代初頭の7インチシングルのマスタリングで初めて確認されました。当初、アナログ録音の最大ピークレベルは、レコードプレーヤーやカセットデッキなど、再生機器の仕様によって制限されていました。しかし、1990年代にデジタル信号処理技術が導入されると、より大きな音量を生成することが可能になり、ラウドネス・ウォーが本格化しました。

デジタル化と音圧競争

コンパクトディスク（CD）の登場により、音楽は明確な最大ピーク振幅を持つデジタルフォーマットで符号化されるようになりました。CDの最大振幅に達しても、ダイナミックレンジ圧縮やイコライゼーションといった信号処理技術によって、さらに音量を上げることが可能です。エンジニアは、録音時に高い圧縮率を適用し、最大振幅のピークに頻繁に達するように調整できるようになりました。極端な場合には、音量を上げるためにクリッピングやその他の歪みを引き起こすこともあります。このような過度なダイナミックレンジ圧縮や音量増幅は、音質を犠牲にしているという批判が絶えません。音楽ファンや音楽誌は、影響を受けたアルバムを「ラウドネス・ウォーの犠牲者」と呼ぶようになりました。

歴史的背景

マスタリングの段階で音量が重視されるようになった背景には、CDの登場による音源のデジタル化が大きく影響していますが、その起源はレコードやジュークボックスが活躍していた時代にまで遡ることができます。1960年代にフィル・スペクターが提唱した「ウォール・オブ・サウンド」は、ディレイやリバーブ、コンプレッサーを多用して音圧を上げる手法の先駆けとされています。

1940年代、ジュークボックスがクラブやバーに設置されるようになると、各店舗が任意の音量で音楽を再生できるように設定していました。このため、他のレコードよりも音圧の高いものは、自然と音が大きく聞こえ、注目を集めるようになりました。その結果、音量の大きい音楽は再生回数が増え、ジュークボックスの稼働率を上げる要因となりました。同様の現象は、1950年代のラジオ局でも発生しました。音楽プロデューサーたちは、ラジオ番組で自身の楽曲を再生してもらうため、音圧を上げるさまざまな手法を試しました。特に、モータウンは音圧の高いレコードを多数リリースし、当時の音楽業界を席巻しました。

1960年代から70年代にかけては、複数のアーティストの楽曲を収録したコンピレーションアルバムが人気を集めましたが、収録された他のアーティストの楽曲よりも音圧が低いと感じたミュージシャンやプロデューサーは、リマスタリングを要求し、他と同程度の音圧に修正することを頻繁に求めました。

批判の声

レコーディングエンジニアのアラン・パーソンズや、ビートルズのアルバム制作に携わったジェフ・エメリック、マスタリングエンジニアのダグ・サックスやスティーブ・ホフマンなど、多くのオーディオマニアや音楽ファンが、過度な圧縮、ダイナミックレンジの減少、音量レベルの強化といったラウドネス・ウォーの問題点を指摘しています。ミュージシャンのボブ・ディランも、「最近のレコードはひどい。音ばかりでボーカルも何もかも一緒くたで、のっぺりとした音だ」と批判しています。

現在の状況

近年では、多くの放送局や配信サイトがラウドネス・ノーマライゼーションを導入し、聴感的な音量を揃えるようになっています。これにより、リミッターで波形を増幅しても、再生側で自動的に音量が調整されてしまいます。ラウドネス・ノーマライゼーションが適用される環境下では、リミッターでどれだけ音量を上げても、一定のレベルまで引き下げられるため、結果としてダイナミックレンジが圧縮され、音楽のメリハリが失われてしまいます。そのため、ラウドネス・ノーマライゼーションが適用される媒体で配信を行う場合は、リミッターでの増幅を控えるか、または多くの配信媒体で基準とされている-14dB LUFS程度までの増幅に抑えるという選択肢が生まれています。

しかし、ラウドネス・ノーマライゼーションを導入していない配信サイトやCD媒体では、過度な圧縮による音量増幅が依然として有効です。また、音楽業界全体でラウドネス・ノーマライゼーションに対する理解が進んでいるとは言い難く、以前のやり方に固執してリミッターを使い続けているケースも少なくありません。特に、J-POPの音楽制作現場では、いまだに信号レベルを最大限まで上げる制作手法が主流となっています。

結論

ラウドネス・ウォーは、音楽の聴き方に大きな影響を与え続けています。ラウドネス・ノーマライゼーションの普及は、この問題に対する一つの解決策となり得るものの、完全な解決には至っていないのが現状です。音楽業界全体が、音質を重視する姿勢へと変化していくことが求められています。

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