ラウール・ド・カンブレー

「ラウール・ド・カンブレー」は、12世紀末から13世紀初頭にかけてフランスで成立した、中世ヨーロッパの口承叙事詩、武勲詩（シャンソン・ド・ジェスト）の一つです。この作品は、数多くの武勲詩を含む「ドーン・ド・マイヤンス詩群」の中でも特に広く知られています。その主題は、封建社会における無秩序や裏切りが横行する世界を舞台に、主人公であるラウール、そして彼の跡を継ぐゴーティエ、友人であり後に敵対するベルニエールの三人を巡る悲劇的な物語です。物語の背景には、カロリング朝時代のヴェルマンドワとカンブレーの間の史実に基づいた紛争があると言われています。

物語は主に三部に分かれています。

第一部では、主人公ラウールの運命が描かれます。ラウールは父の死に先立って生まれたため、本来ならばその領地であるカンブレー伯領を相続するはずでした。しかし、彼がわずか三歳の時、王ルイは一方的な決定を下します。カンブレーの地と、父の寡婦である母アライスを、臣下であるギブアンに与えると宣言したのです。母アライスは激しく反発しましたが、ラウールが成人した際に領地を返還するという約束の下、ギブアンがカンブレーを支配することになります。

成長したラウールは屈強な若者となり、王ルイによって騎士に叙されました。彼は伝説的な剣デュランダルに匹敵するとされる名剣と、英雄ローランが討ち取った異教徒の兜を授かります。ラウールは、親しい友人であったベルニエールを自身の従騎士に任じ、固い絆で結ばれていました。

しかし、ラウールが成人を迎えても、ギブアンはカンブレーの地を返還しようとしません。これに怒ったラウールは王ルイに窮状を訴えますが、王はギブアンから強引に領地を取り上げることを避け、代わりに次に領主が亡くなった領地をラウールに与えると約束します。不幸にも、その次に空位となった領地は、ベルニエールの家門が代々治めてきたヴェルマンドワでした。王ルイの承認を得たラウールは、ヴェルマンドワを武力で奪取することを決意します。

ラウールはヴェルマンドワで略奪を重ね、ついにはオリニーの街に到達します。そこで彼は街に立つ女子修道院に侵入し、そこにいた修道女たちを全て焼き払うという非道な行いを犯します。この犠牲者の中には、最も忠実な臣下であったベルニエールの母親が含まれていました。変わり果てた母の骸を目の当たりにしたベルニエールは激怒し、この瞬間、二人の友情は終わりを告げ、関係は修復不可能となります。対立は激化し、ついには両者は武力で衝突。神の加護によってか、ラウールはベルニエールによって討ち取られてしまいます。カンブレー伯の家督は、ラウールの弟ゴーティエに引き継がれ、ゴーティエは兄を討ったベルニエールへの復讐を誓います。

第二部では、ゴーティエの復讐の行方が語られます。成長し騎士となったゴーティエは、直ちにベルニエールを討つべくヴェルマンドワへ軍を進めます。ゴーティエとベルニエールは、二度にわたる決闘（神明裁判）で雌雄を決しようとしますが、いずれも決着がつかないまま終わります。両陣営の間で戦況が行き詰まる中、彼らはこの争いの根本原因が、優柔不断な王ルイの裁定にあることに気づきます。ここにきて、彼らは意外な行動に出ます。互いに休戦協定を結び、矛先を王ルイに向け、同盟して進軍を開始したのです。彼らはパリに到達し、街を略奪することで王に反旗を翻しました。この反乱の中で、ベルニエールは王ルイに対して一定の報復を果たすことに成功します。

第三部では、ベルニエールのその後の人生と、続く悲劇が描かれます。ベルニエールはようやく家族と穏やかな生活を送っていましたが、ある時、ラウールの伯父であるグエリに同行して巡礼の旅に出ます。その道中、一行がかつてラウールが非道を働き、命を落としたオリニーの地を通りかかった際、グエリはラウールの死を思い出し、再び怒りに駆られます。そして、突如としてベルニエールの頭蓋骨を打ち砕き、彼を殺害してしまいます。この殺害によって、一度は収まりかけたカンブレー家とヴェルマンドワ家の間の長きにわたる紛争は、再び激しく燃え上がるのでした。

この物語は、中世フランスの封建社会における血縁、忠誠、裏切り、そして報復の連鎖を描き出しており、武勲詩の持つエネルギーと悲劇性を強く感じさせる作品と言えます。

もう一度検索