ラケス (対話篇)

プラトンの初期対話篇『ラケス』：勇気とは何か？

『ラケス』は、プラトンの初期対話篇の一つであり、ペロポネソス戦争後のアテナイの体育館を舞台に、若者たちの教育と「勇気」の定義をめぐる議論が展開されます。アポリア（行き詰まり）という特徴的な形式で描かれるこの作品は、プラトンの哲学を理解する上で重要な手がかりを与えてくれます。

登場人物: 主要人物はソクラテス、アテナイの将軍ラケス、将軍ニキアス、そして二人の青年とその父親たちです。ソクラテスは、いつものように巧みな問答で議論を主導し、ラケスとニキアスは、それぞれの立場から「勇気」について独自の意見を述べます。二人の青年とその父親は、ソクラテスらに教育方法について助言を求めることから物語が始まります。

物語の展開: 物語は、重装歩兵の訓練を見学した後に始まります。二人の父親は、息子たちの立派な育成方法に悩んでおり、ラケスとニキアスに相談を持ちかけます。そこに偶然居合わせたソクラテスも議論に加わり、問答劇が始まります。

最初は、重装歩兵術の教育が若者にとって有益かどうかという議論から始まります。ニキアスは重装歩兵術が様々な点で有益であると主張しますが、ラケスは、その教師たちの実際の実績を疑問視し、その教育方法に懐疑的な見方を示します。

この議論を通じて、ソクラテスは議論の本質が「若者たちの魂の育成」にあることを指摘します。そして、議論の中心は「勇気」という概念の定義へと移行していきます。

勇気についての議論: ラケスは「勇気」を「戦列に踏みとどまり、逃げないこと」と定義しますが、ソクラテスは具体的な状況に限定されすぎていると反論します。その後、ラケスは「忍耐強さ」、「思慮ある忍耐強さ」と定義を修正しますが、ソクラテスはそれぞれの定義に潜む矛盾点を指摘し、議論は行き詰まりへと進んでいきます。

ニキアスは「勇気」を「恐ろしいものと恐ろしくないものを識別する知識」と定義します。しかし、ソクラテスは、この定義もまた、限定的なものであり、真の「勇気」を定義するには至らないと示します。さらに議論は、「未来の善悪を見分ける知識」、「善悪を見分ける知識」へと発展していきますが、結局、明確な結論は得られません。

アポリアと哲学: このように、『ラケス』では「勇気」の定義をめぐる議論は結論に達しません。これがアポリアと呼ばれる形式の特徴です。しかし、この行き詰まりこそが、ソクラテスが目指した哲学的な探求の過程を示していると言えるでしょう。結論が出ないことで、読者は「勇気」とは何かについて、自らの考えを深める機会を与えられます。

『ラケス』の意義: 『ラケス』は、単なる教育論にとどまらず、プラトンの哲学的思考様式を理解するための重要な作品です。ソクラテスの問答術、アポリアの形式、そして「勇気」という概念を探求する過程は、プラトンの哲学の基礎をなす重要な要素です。また、当時アテナイを代表する将軍たちの意見を比較検討する過程を通して、当時の人々の価値観や考え方を垣間見ることができる点も、この作品の魅力の一つと言えるでしょう。

参考文献: いくつかの日本語訳が存在し、岩波書店や講談社学術文庫から出版されています。それぞれの訳によって解釈が異なる部分もあるため、複数の翻訳を参照することでより深い理解が得られるでしょう。

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