ラデツキー行進曲 (小説)

ラデツキー行進曲

ヨーゼフ・ロートによる歴史小説『ラデツキー行進曲』は、ヨハン・シュトラウス1世の同名行進曲を題名に冠し、オーストリア＝ハンガリー帝国の衰退を背景に、一人の英雄とその子孫の運命を描いています。この物語は、1859年のソルフェリーノの戦いから、第一次世界大戦前夜までの約60年間を舞台とし、三世代にわたるトロッタ家の興亡を通じて、帝国の盛衰を映し出しています。

概要

この小説は、もともとドイツの『フランクフルト新聞』で連載されました。当初は題名がなく、単行本化の際に『ラデツキー行進曲』というタイトルが与えられました。物語の構想段階では、1890年から1914年のオーストリアを舞台とする予定でしたが、最終的には1859年から1916年までの物語として完成しました。

成立

作家のロートは、1933年1月のナチスによる権力掌握直前、ベルリンのホテルに滞在し、本作の大部分を執筆したとされています。しかし、実際には1930年の秋から、友人宅や各地のホテルを転々としながら執筆されたようです。完成は1932年の夏で、同年8月末から9月初旬にベルリンで初版が刊行されました。この作品には、ハプスブルク家の没落に対する深い悲しみと、古き良きヨーロッパの消滅への嘆きが込められています。

物語

物語は三部構成で、各部ごとに異なる世代のトロッタ家の人々が描かれています。

第一部

1859年、ソルフェリーノの戦いにおいて、歩兵少尉ヨーゼフ・トロッタは、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の命を救います。敵の狙撃から皇帝を守るために、自らの身を挺して皇帝を押し倒し、その際に左肩を負傷しました。この功績により、ヨーゼフは「ソルフェリーノの英雄」として讃えられ、大尉に昇進、マリア・テレジア軍事勲章を授与され、貴族の称号を得て「ヨーゼフ・トロッタ・フォン・ジポーリエ」と呼ばれるようになります。

しかし、ヨーゼフは突然の変化に戸惑い、まるで自分の人生が他人の人生と入れ替わったかのように感じます。彼は、英雄として祭り上げられることに不満を抱き、皇帝に苦情を申し立てますが、その後も男爵位を授けられます。彼は田舎で静かに暮らすことを望み、質素な埋葬を望みますが、墓石には「ソルフェリーノの英雄」という称号が刻まれます。

第二部

第二部では、ヨーゼフの息子であるフランツ・フォン・トロッタが主人公となります。フランツは父親の意向により文官となり、メーレンのW市で郡長を務めます。彼は厳格で誠実な人物であり、地方行政官としての職務を全うします。

第三部

第三部では、フランツの息子であるカール・ヨーゼフ・フォン・トロッタが物語の中心となります。カールは騎兵幼年学校を卒業後、騎兵少尉に任官されます。その後歩兵に転じ、ガリツィアの国境の町に赴任します。彼は第一次世界大戦に従軍することになり、トロッタ家の運命は帝国の没落とともに終焉を迎えます。

登場人物

ヨーゼフ・フォン・トロッタ＝ジポーリエ: ソルフェリーノの戦いで皇帝を救った「ソルフェリーノの英雄」。その後、男爵位を授けられ、ボヘミアに移住。
フランツ・フォン・トロッタ＝ジポーリエ: ヨーゼフの息子。文官として郡長を務める。
カール・ヨーゼフ・フォン・トロッタ＝ジポーリエ: フランツの息子。騎兵少尉から歩兵に転じ、第一次世界大戦に従軍。
フランツ・ヨーゼフ1世: オーストリア＝ハンガリー皇帝。衰退する帝国の象徴として描かれる。
ヨーゼフ・トロッタの父: スロヴェニア出身の軍人。傷痍軍人としてウィーンで庭園管理人を務める。
ジャック: トロッタ家に仕える執事。二代目フランツを支える。
モーザー: 二代目フランツの寄宿学校時代の同級生。後にアルコール依存症となる。

参考文献

ヨーゼフ・ロート 著、平田達治 訳『ラデツキー行進曲』鳥影社、2007年。
ヨーゼフ・ロート『ラデツキー行進曲（上）』平田達治訳、岩波文庫、2014年。
武田智孝「民主主義にして反民族主義,『ラデツキー行進曲』の捩じれ」『広島ドイツ文学』第26巻、2012年。

この物語は、一人の英雄の物語であると同時に、帝国の盛衰と、その中で生きる人々の運命を描いた壮大な歴史ドラマです。ヨーゼフ・ロートの筆致は、歴史の大きな流れの中で翻弄される個人の姿を、深く、そして鮮やかに描き出しています。

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