ラレース

古代ローマの守護神ラレース：家庭と都市の守護者

古代ローマにおいて、ラレース（Lares）は家庭や地域社会を見守り、守護する神々として重要な役割を果たしていました。単数形はラール（Lar）です。その起源は定かではありませんが、家庭、道路、海路、境界、収穫、さらには無名の英雄の祖先までも守護すると信じられていました。

共和政ローマ時代には、一般的に2体の小さな彫像として祀られ、家庭では食事の際に食卓に置かれるなど、家族生活に密着した存在でした。古代の文献では「家の守護神」と分類されており、同様に家庭を守る神とされたペナーテースと混同されることもありました。ローマ神話の中心的な神々に比べると力は弱小でしたが、ローマ文化に深く根付いていたことは間違いありません。ローマ人が故郷に戻ることを「ラレースに帰る（ad Larem）」と表現したことは、その深い結びつきを示しています。

ラレースの祭祀と信仰

ラレースは、いくつかの公式な祭礼で崇拝され、祝福されました。中には、行政区全体を守護すると考えられていたラレースも存在しました。交差点や境界線に設けられた祠（コンピタレス）は、ラレースを祀る場所として、宗教、社会生活、政治活動の重要な中心となっていました。これらの信仰や習慣は、ローマ帝国初期の宗教・社会・政治改革にも影響を与えましたが、家庭にラレースを祀る習慣は少なくとも4世紀まで続いたようです。

ラールのイメージとララリウム

ラールは、小さく、若々しく、活発な男性の姿で表現されることが一般的でした。片手に角杯を持ち上げ、もう一方の手には浅い献酒皿を持っている姿が良く見られます。服装は短いチュニックに帯を締めたもので、犬の毛皮製であるという記述もあります。現存する絵画や彫像は、この基本的なイメージに忠実に描かれています。同一の2体のラレースが描かれている絵画も多く存在し、双子の神々として解釈されることもありましたが、それが常にそうであったかは不明です。

ララリウムは、家庭内の小さな祭壇で、ラレースや他の家庭の神々を祀る場所でした。ポンペイの遺跡からは、良好な状態で保存されたララリウムが多く発見されており、その装飾や配置から、家族の信仰がいかに深く根付いていたかが分かります。ララリウムは、ドムスの公的な部分に位置し、客との挨拶の場を背景として提供していたと考えられています。

家庭におけるラレースの役割

家庭内のラレースは、外に向けて見せるための飾りとしての役割もありましたが、同時に家族を親密に守護する存在でもありました。ララリウムは、家族の変遷と連続性を象徴する聖なる場所でもあり、成人式や結婚などの重要なライフイベントにおいて、ラレースへの捧げ物を行う習慣がありました。例えば、少年は成人式に、少女は結婚前に、それぞれ大切な品をラレースに奉納しました。結婚においては、花嫁が夫の家の神々に忠誠を誓い、夫婦で家庭の祭祀を共同で行うようになりました。

ラレースへの捧げ物

ラレースへの捧げ物には、穀物、蜂蜜、果物、ワイン、香料などがありました。特別な祭りの日だけでなく、日常的に、宴席の際に床に落ちた食べ物がラレースへの捧げ物とされました。重要な機会には豚を生贄として捧げることもありました。

ラレースとコンピタリア

行政区の境界である交差点（コンピタ）には、コンピタレスと呼ばれる祠があり、複数の神々が祀られていました。タキトゥスは、ローマ建国神話においてロームルスが定めた重要な境界線であるポメリウム上に位置するラレースの祠を記しています。この祠の存在は、ラレースが場所と境界の守護神であることを示唆しています。コンピタレスは、公的な神々も私的な神々も祀る場所であり、共和政時代には祭りや競技の中心地として機能していました。しかし、共和政末期にはその意味合いが変化し、アウグストゥス帝によって再編、帝国の文化の一部となりました。

ラレースの母

ラレースの母については、複数の説があります。死の女神マーニアやラールンダ（ララ、ムータ、タキタとも呼ばれる）などが候補として挙げられています。オウィディウスの『祭暦』では、ララはおしゃべりなニュンペーとして登場し、ユーピテルの秘密を漏らしたために舌を切られ、地下の世界に住むようになったと記されています。そこでメルクリウスとの間に双子の息子をもうけ、それがラレースになったという神話です。ラレースとその母を古代エトルリアの神々とする説もあります。

ラレースは、ローマ文化において家庭と社会の双方を繋ぐ重要な神々でした。その信仰は、ローマ社会の構造や生活様式を深く反映しており、古代ローマの歴史や文化を理解する上で欠かせない存在です。

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