リウィア・ドルシッラ

リウィア・ドルシッラ：ローマ帝国を陰から支えた女性

リウィア・ドルシッラ（紀元前59年～紀元29年）は、古代ローマ帝国の歴史において重要な役割を果たした女性です。初代皇帝アウグストゥスの妻であり、2代皇帝ティベリウスの母として知られる彼女は、単なる皇帝の妻や母という枠を超え、ローマ帝国の政治に多大な影響を与えた人物でした。

華麗なる出生と波乱の若き日々

リウィアは名門クラウディウス氏族の出身でした。16歳でティベリウス・クラウディウス・ネロと結婚し、後に2代皇帝となるティベリウスを産みます。しかし、夫は政治的にアウグストゥスと敵対しており、リウィアは幼いティベリウスと共に、イタリア各地を逃亡生活を余儀なくされました。ギリシアへの亡命を経験するなど、不安定な時代を過ごしたのです。

アウグストゥスとの結婚と権力基盤の構築

ミセヌム協定締結後、ローマへ帰還したリウィアは、アウグストゥスと出会います。妊娠中にも関わらず、二人は惹かれ合い結婚することになります。この結婚は、アウグストゥスにとって大きな政治的メリットをもたらしました。リウィアの出自であるクラウディウス氏族はローマにおける名門であり、この結婚を通じて、アウグストゥスは伝統的な貴族層との関係を改善し、彼らを味方につけることに成功したのです。

アウグストゥスはリウィアとの結婚後、着実に権力を掌握していきました。アクティウムの海戦でアントニウスを破り、ローマ世界の唯一の実力者となったのです。紀元前27年には元老院から「アウグストゥス」の称号を与えられ、皇帝として君臨することになります。

賢妻として、そして権力者として

アウグストゥスが皇帝として地位を確立していく過程において、リウィアは常に彼を支え続けました。彼女の貞淑さと知性は当時高く評価され、多くのローマ市民から尊敬を集めていました。アウグストゥスには浮気の噂もありましたが、リウィアはそれを寛容に受け止め、家庭を円滑に維持しました。

また、アウグストゥスの性格を穏やかなものへと変えたとさえ言われています。アウグストゥスは元来短気な面がありましたが、リウィアの影響で寛容さを身につけていったのです。リウィアは度々アウグストゥスの死刑判決を懇願し、それを執行猶予に減刑させることに成功しています。

後継者問題と政治への影響力

アウグストゥスは後継者問題に頭を悩ませていました。当初は姉の息子マルケッルスが有力視されていましたが、彼の早世により、後継者候補は次々と変わります。最終的にアウグストゥスの養子となったのはリウィアの実子であるティベリウスでした。ティベリウスが帝位を継承できた背景には、リウィアの強い意志が働いていたという説があります。また、アウグストゥスのもう一人の養子であったアグリッパ・ポストゥムスを追放させたのもリウィアの影響力によるものだと考えられています。

これらのことから、リウィアは強い権力欲を持っていたと考えられますが、一方で彼女は息子の大ドルススの未亡人である小アントニアとその子供たちを引き取るなど、良き母としての側面も持ち合わせていました。

アウグストゥスの死後と神格化

アウグストゥスの死後、リウィアは「ディーヴァ・オーガスタ」として崇められ、その権威はますます高まりました。アウグストゥスの遺産の多くを受け継ぎ、「ユリア・アウグスタ」を名乗り、皇帝の母として、そして夫の遺産相続人として、息子ティベリウスにも大きな影響力を持ち続けました。東方属州では、アウグストゥスと並んで生前より神格化され、崇拝されるほどでした。

ティベリウスは母の強い政治への関与を快く思っておらず、カプリ島に隠棲します。その隙に親衛隊長セイヤヌスが権力を握ろうとしましたが、リウィアの権威はそれを阻止しました。リウィアは晩年、ティベリウスの追放した大アグリッピナとその子供たちを引き取り面倒を見ていました。

紀元29年、リウィアは86歳で死去します。葬儀の弔辞は、彼女が養育したガイウス（後のカリグラ）が述べました。ティベリウスは葬儀に出席せず、夫アウグストゥスと同じアウグストゥス廟に埋葬されました。後にクラウディウスによって正式に神格化されています。

リウィアの評価

リウィアは貞淑で知性あふれる女性でしたが、同時に強い権力欲を持っていました。カリグラは彼女を「女オデュッセウス」と評したと伝えられています。彼女の政治への関与や影響力の大きさについては、様々な議論が交わされてきました。しかし、アウグストゥスを支え、ローマ帝国の繁栄に貢献したことは間違いのない事実です。

リウィア・ドルシッラは、単なる皇帝の妻や母という枠組みを超えた、古代ローマ帝国の歴史に大きな足跡を残した女性でした。彼女の一生は、権力と愛情、そして母性という複雑な要素が絡み合い、未だに多くの謎と議論を呼ぶ、魅力的な歴史の物語となっています。

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