リチャード・セラ

リチャード・セラ：鋼鉄の詩人

リチャード・セラ（1938年11月2日-2024年3月26日）は、20世紀後半から21世紀にかけて活躍したアメリカ合衆国の彫刻家、映像作家です。彼の名は、圧倒的なスケールと力強さを備えた、鋼鉄を用いた抽象彫刻によって世界中に知れ渡りました。サンフランシスコに生まれたセラは、父親が造船工場の配管溶接工であったことから、幼少期から金属加工に親しんできました。

カリフォルニア大学バークレー校を経て、イェール大学大学院で絵画を専攻。卒業後は、フランスやイタリアで研鑽を積み、やがてニューヨークに移り住みます。1968年、レオ・カステル画廊で最初の個展を開催。初期の作品では、鉛や鉄を用いた、溶け落ちたり、変形したりするような、重力や物質性を強く意識した表現が特徴的でした。

1970年代に入ると、セラの作品は大きく変貌を遂げます。巨大な湾曲した鋼板を用いた彫刻は、素材の持つ力強さをそのまま表現。その圧倒的なスケールと存在感は、公共空間における彫刻の可能性を大きく広げました。彼の作品は、単なる装飾品ではなく、鑑賞者が空間と対峙し、自身の身体性や周囲の環境と関わり合うための場を生み出します。

セラの代表作として最も有名なのは、1981年にニューヨークの連邦ビル前広場に設置された『ティルテッド・アーク（傾いた弧）』でしょう。長さ36メートル、高さ4メートルの巨大な鋼板は、広場を横切る人の流れを妨げるように配置され、人々の動線に直接介入する、挑発的な作品でした。しかし、この作品は、1980年代のレーガン政権下における芸術への支出削減政策を背景に、激しい政治的論争を巻き起こします。保守派からの批判を受け、最終的に1989年に撤去されてしまうのです。この事件は、現代アートと政治、そして公共空間における芸術の役割について、世界中で議論を呼び起こしました。

『ティルテッド・アーク』の撤去劇は、セラの作品が単なる美術品にとどまらず、社会的な文脈、政治的な状況、そして人々の生活に深く関わっていることを示す出来事でした。その後もセラは、世界各地で数々のパブリック・アートを制作し続けました。スペイン・ビルバオのグッゲンハイム美術館に設置された『時間の問題』（2005年完成）などは、その後の代表作の一つとして挙げられます。

セラは、その卓越した作品群によって、数々の賞を受賞しました。アメリカ芸術科学アカデミー会員、高松宮殿下記念世界文化賞、ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞など、その功績は広く認められています。晩年には、スペインのアストゥリアス皇太子賞芸術賞、フランスのレジオン・ドヌール勲章を受賞。2024年3月26日、ニューヨークで肺炎のため85歳で死去しました。

セラの作品は、その巨大なスケールと圧倒的な存在感だけでなく、素材の持つ重力や質感を強調する、ミニマルで精緻な構成も特徴です。彼は、空間と彫刻、そして鑑賞者の関係性を深く探求し、見る者に強い印象と深い思考を促す作品を生み出しました。彼の死は、現代美術界に大きな損失をもたらしましたが、彼の残した作品群は、これからも人々に強い感動を与え続け、未来のアーティスト達にインスピレーションを与え続けることでしょう。

主な作品

1970 《シフト》Shift (カナダ、キングシティ)
1972 《サイト・ポイント》Sight Point (アムステルダム美術館)
1980 《セント・ジョンのアーク》St. John's Arc (アメリカ、ニューヨーク)
1981 《ティルテッド・アーク（傾いた弧）》Tilted Arc (アメリカ、ニューヨーク、後に撤去)
1987 《ベルリン・ジャンクション》Berlin Junction (ドイツ、ベルリン)
1990 《アファンガー》Áfangar (アイスランド、レイキャヴィク)
1992 《ウエイト・アンド・メジャー》Weight and Measure (テート・ギャラリー、ロンドン)
1993 《グラヴィティ》Gravity (ホロコースト記念館、アメリカ、ワシントンD.C.)
1970 《反転し合う直角、ヘクサグラムの基礎板を取り囲むために》(多摩美術大学、1970)
1988 《ダブル・コーンズ》(豊田市美術館)

関連文献

Martha Buskirk and Clara Weyergraf-Serra. The Destruction of Tilted Arc: Documents. MIT Press, 1991.
Hal Foster ed. Richard Serra: Conversations about Sculpture. Yale University Press, 2018.
Rosalind E. Krauss. Richard Serra/Sculpture. MoMA, 1986.
Harriet Senie. The Tilted Arc Controversy: Dangerous Precedent?. University of Minnesota Press, 2002.
カトリーヌ・グルー（藤原えりみ訳）『都市空間の芸術：パブリックアートの現在』鹿島出版会、1997
工藤安代『パブリックアート政策：芸術の公共性とアメリカ文化政策の変遷』勁草書房、2008
* 栁澤有吾『パブリックアートの現在：屋外彫刻からアートプロジェクトまで』かもがわ出版、2017

もう一度検索