リップ (ブラッスリー)

パリのサン＝ジェルマン＝デ＝プレに位置する老舗ブラッスリー「リップ（Lipp）」は、1880年の創業以来、パリの歴史と文化を体現する特別な場所です。単なる飲食店という枠を超え、セレブリティから知的な気取り屋（スノッブ）まで、多様な人々が集うことで知られています。

その始まりは、1870年の普仏戦争で故郷アルザス＝ロレーヌを離れパリへ移住したレオナルド・リップ氏が、故郷を偲んで1880年に開いた小さな店でした。当初わずか10卓ながら、アルザス地方の名物料理シュークルートとビールが評判を呼び、すぐに人気店となりました。1918年にマルセラン・カゼス氏に経営が引き継がれてからも伝統のメニューは守られ、顧客は増加の一途を辿りました。手狭になった店は1925年に2倍に拡張され、この頃から多くの作家や政治家、文化人たちが常連となり、リップは彼らの社交の場、インスピレーションの源となっていきました。

リップの文化的側面を象徴するのが、独自の文学賞です。1934年、ある常連客の提案でマルセラン・カゼス氏が創設を決めた「Prix Cazes Brasserie Lipp」（カゼス賞／リップ賞）は、翌1935年から始まりました。この賞は、他の文学賞で受賞歴がない新進気鋭の作家を発掘することを目的としており、2013年現在まで長く続いています。

第二次世界大戦中のパリ占領下では、リップは毅然とした態度を貫き、占領軍に協力的な姿勢を見せませんでした。そして1944年8月25日、パリ解放の日には、集まった人々にシャンパンを振る舞い、自由の回復を祝いました。戦後、1955年にはマルセラン・カゼス氏から息子のロジェ氏へ経営が引き継がれました。リップはその歴史的な内装や雰囲気が評価され、1960年のクロエのファッションショー会場や、1983年のイヴ・モンタン主演の映画『ギャルソン!』の撮影場所としても使われるなど、その魅力的な空間が度々注目されています。

経営母体は変遷しましたが、リップは2014年現在もサン＝ジェルマン＝デ＝プレの中心で営業を続けています。時の流れの中で多くの出来事を見守ってきたこのブラッスリーは、今も変わらぬ魅力で人々を迎え入れています。

リップを訪れるなら、外せないのが創業時からの名物「シュークルート」です。これは、ザワークラウトを使ったアルザス地方の伝統的な肉料理を指します。骨付き豚肉や数種類のソーセージ、そしてホクホクのジャガイモなどが添えられます。アルザス風シュークルートの調理法は独特で、まず肉とシュークルートを一緒にじっくりと煮込み、その後、別に用意したジャガイモを加えてさらに蒸し煮することで、素材それぞれの旨味が溶け合い、深みのある味わいが生まれます。

リップへのアクセスは、パリメトロ4号線のサン＝ジェルマン＝デ＝プレ駅から降りてすぐと非常に便利です。

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