リュイ・ブラース (メンデルスゾーン)

序曲『リュイ・ブラース』作品95

序曲『リュイ・ブラース』（Ruy Blas）作品95は、ドイツロマン派の作曲家フェリックス・メンデルスゾーンによって生み出された管弦楽曲です。しばしば『ルイ・ブラス』とも表記されます。この作品は、フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーが書いた同名の戯曲『リュイ・ブラース』の上演に際して、その劇音楽として作曲されたという背景を持っていますが、その制作過程にはメンデルスゾーン自身の複雑な思いが絡み合っていたとされています。彼の数多い管弦楽作品の中でも、特に演奏機会が多く親しまれている一曲です。

作曲の背景と経緯

この序曲が作曲されたのは1839年のことです。ドイツの都市ライプツィヒにおいて、ユゴーの戯曲『リュイ・ブラース』の慈善上演が企画されており、この公演は俳優たちの養老年金基金へ寄付することを目的としていました。公演の主催者である俳優養老年金委員会が、メンデルスゾーンに序曲の作曲を依頼したのです。驚くべきは、メンデルスゾーンがこの依頼を受けてからわずか3日間という、創作活動においては異例ともいえる短期間で作品を完成させたと伝えられている点です。

しかし、この驚異的な速筆には、単なる技量だけでなく、作曲者の複雑な心境が影響していたという説が根強く存在します。メンデルスゾーン自身が、依頼の対象となったユゴーの戯曲の内容にあまり感銘を受けなかったこと、さらに依頼者側の態度に対しても不快感を抱いていたとされています。こうした状況が重なり、一種の反抗心や義務感を早く果たしてしまいたいという思いから、意図的に短期間で書き上げたと指摘する研究者もいます。このエピソードは、多忙を極め、高い理想を持っていたメンデルスゾーンが、時には自身の本意でない依頼仕事にどのように向き合っていたかを示す興味深い一面を伝えています。

初演

完成した序曲は、まず依頼の契機となった戯曲『リュイ・ブラース』の上演に先立つ形で、1839年3月11日にライプツィヒで初演を迎えました。劇付随音楽としての役割を終えた後、わずか10日後の3月21日には、作曲者であるメンデルスゾーン自身の指揮のもと、彼が音楽監督を務めていたライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の定期演奏会において演奏されました。この演奏会での披露は、単なる劇音楽としてではなく、独立したコンサートピースとしての序曲の地位を確立する上で重要な機会となりました。

関連作品

メンデルスゾーンは、この戯曲『リュイ・ブラース』の物語に一定の関心を寄せていたようで、これを基にしたオペラを作曲しようと試みた時期がありました。しかし、残念ながらこのオペラ化の構想は完成に至りませんでした。オペラのために作曲されたとされる素材の一部は、メンデルスゾーンの死後に整理された彼の作品の中から見出され、最終的に作品77として出版された『3つの二重唱曲』の第3曲に転用されたと伝えられています。これは、一つの着想が異なる形で結実する作曲家の創作過程を示す例であるとともに、彼の未完に終わった多くの構想の一端を伝えています。

編成

序曲『リュイ・ブラース』は、以下の楽器編成のために書かれています。当時の標準的な管弦楽編成に基づきつつも、一部で拡張が見られます。

木管楽器: フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2
金管楽器: ホルン4、トランペット2、トロンボーン3
打楽器: ティンパニ
弦楽器: 弦五部（ヴァイオリン第一部、ヴァイオリン第二部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）

ホルンが4本、そしてトロンボーンセクションが含まれていることは、序曲のもつ劇的で時に力強い音楽表現を豊かにするために効果的に用いられています。

楽曲構成

この序曲は、古典的な形式に基づきつつ、メンデルスゾーン独自の音楽語法が展開されています。全体の構造は、まずゆっくりとした序奏部（レント Lento）に始まり、続いて速い主部（アレグロ・モルト Allegro molto）へと移行します。

序奏部は、主に管楽器によって奏される荘厳で厳粛な響きを持つコラール風の主題が特徴的です。この部分は、劇的な物語の開始を予感させるような重厚な雰囲気を持っています。序奏が終わると、音楽は一転してアレグロ・モルトとなり、活気に満ちた主部へと入ります。主部はハ短調で開始され、対照的な性格を持つ複数の主題が提示されます。これらの主題は、展開部において巧みに扱われ、冒頭のコラール主題が再び登場して快速なアレグロの主題群と対比されるなど、緊迫感のある劇的な音楽が展開されます。

楽曲は、クライマックスに向けて盛り上がりを見せ、最終的にはハ長調に転調します。この長調への転換は、それまでの劇的な緊張感から解放され、勝利や輝かしさを表現するかのような効果を生み出しています。最後は、華やかで力強いコーダによって堂々と終結します。全体の演奏時間は約8分程度であり、その短い時間の中に、メンデルスゾーンらしい旋律の美しさ、巧みなオーケストレーション、そして劇的な構成美が見事に凝縮されています。この序曲は、劇付随音楽として書かれながらも、単独のコンサートピースとして十分に成立する完成度を持っており、今日でも多くの演奏会で取り上げられています。

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